優雅な足取りで横を通り過ぎていくその女性は、まだ若く儚く、いっそ幼いと言っても良かった。黒々とした髪はよく手入れされて乱れがなく、色の淡い頬を柔らかに包んでいた。
表情に少し陰りがあったが、美しく気品のある女性だった。しかしゼルギウスには、それが誰なのか解らなかった。
「ディアメル伯のご令嬢、ステラ殿ですよ」
と、傍らのセフェランが呟くように教えてくれる。
「そうなのですか」
「ええ」
「…ご息女を使いにお寄越しになるとは、ディアメル伯はどこかお加減がよろしくないのですか?」
思いついた疑問をそのままゼルギウスが口にするも、セフェランは答えなかった。ドレスの裾を揺らして廊下を歩いていくステラの後ろ姿を、しばらく見つめていた。
「…まだ、あんなにお若いのに」
不意にセフェランはそう言った。
「どういう事ですか?」
「…あのお歳なら、そろそろ嫁入りの話が入り始める頃ですよ。お使いというのは単なる口実で、自分の娘を見初めさせるのが目的なのでしょう。最も、娘をどの議員の元に娶らせるか、もうある程度決めているとは思います」
ガドゥス公がそろそろ再婚を考えているという噂を、ゼルギウスも耳にした事があった…セフェランも同じように、その噂の事を考えているのだろうか。
「…そういう事なのですか…」
ゼルギウスは次第に袋小路に追い込まれつつあるあの少女の、沈んだ眼差しを思い返した。それからガドゥス公ルカンの傲慢な目つきを思い出し、そしてもう一度ステラの赤い瞳を思い出した。
「それが不幸だと決めつけてしまう事もないでしょう…愛する人と結ばれたとしても、幸福になれるとは限らないのですから」
「…」
セフェランは踵を返して歩き出した。颯爽と歩く背中をゼルギウスは追って歩き、その背中の中程を見つめていた。
…休める場所を忘れた翼。
我が主よ。
貴方は今、誰を想っているのですか。
多分セフェラン様は永遠にただ一人を愛してて、その気持ちに嘘がつけない為に、ゼルギウスの気持ちには応えてくれないと思います。