【暁の団】の一員である盗賊サザは、三年かけてすらりと伸びた身体の片手を上げて、かつての戦友に手を振った。
駐屯軍によって王都ネヴァサを追われた彼らは、先王の遺児がいるという噂を頼りに、東の死の砂漠を訪れた。そこで彼らは、遺跡で駐屯軍が何者かと交戦しているところに遭遇した。
駐屯軍の兵の数は多かったが、対する解放軍側はそれをものともせず、圧倒的な実力と遺跡という地形を活かした作戦展開を以てして、駐屯軍を次々と退けていく。そうして戦っている解放軍兵士の中に、見知った顔を見つけたサザは驚きの声を上げた。
まず目についたのは、遺跡の後方で白い鎧を身に着けた戦士であった。隙のない威厳ある佇まいと、手慣れた戦い振り。それは紛れもなく三年前共に戦った同志の一人、タウロニオ将軍だった。
将軍の姿を見つけたサザは、すぐに彼の仲間たちに助勢を提案した。相手が駐屯軍ということもあって、仲間たちも即座に頷き戦闘態勢に入る。
途中の帝国兵らを退けて遺跡内に入り込んだサザは、すぐにタウロニオ将軍と接触した。サザがそうであったように、将軍もまた突然の再会に驚いていたが、サザ達の加勢を喜んで受け入れた。
それからサザは、他にも解放軍兵士の中に、自分の知り合いがいることに気づいた。傭兵のツイハークに、竜騎士のジル。そして……斧戦士ボーレに、弓兵のシノンとヨファ。後方には神官のキルロイまでいる。
……何故、クリミア人の彼らがここにいるのだろう?
そんな疑問が頭に浮かんでいたが、理由を詳しく訊ねる暇など、勿論その時はなかった。
戦闘終了後、サザ達はタウロニオ達に案内され、アシュナード王の遺児だという人物と対面する事が出来た。予めジル達に「驚かないように」とよく言われてはいたが、やはり驚かずにはいられなかった。何故なら、先王の子だというその人もまた、サザの知る人物…グレイル傭兵団の参謀・セネリオであったからだ。
「先程の戦闘、何者かの加勢があったと聞きましたが……あなたでしたか、サザ」
セネリオは三年前とあまり変わらない小柄なつくりの顔をサザに向け、冷静な口調でそう言った。セネリオの両隣に立つのは、背の曲がった不気味な老人と、グレイル傭兵団の団長・アイクである。密かに尊敬している人物との再会に、サザは歓喜の念を覚えた。
「こっちの方こそ……驚いた。アシュナード王の遺児を探して来たんだが、それがまさか、あんただったなんて……道理で、グレイル傭兵団の姿があったわけだ」
「……誤解があるといけないので早めに説明しておきますが、僕はついこの間までただの孤児でした。自分の出自を知ったのは、半年前のことです」
三年前の戦いの時は、自分が敵国の王子だとは知らなかったとセネリオは注釈した。その言葉に嘘はないとサザは思った。
セネリオはサザの隣に立つ銀色の髪の少女の姿を視界に認めると、一瞬だけ眉を潜めた。そういえば自分の仲間を紹介しなくては……とサザは思ったが、セネリオの方が先に、
「あなた方は何故ここに?」
と、肝心な事を尋ねてきた。
「その前に……団長たちに紹介するよ。俺の姉の、ミカヤだ」
サザは隣にいたミカヤを紹介し、それからミカヤにアイクとセネリオの事を紹介した。
ミカヤは何故か、少し戸惑っているようだった。、何度も弟から聞かされていたクリミアの英雄アイクとの対面に、心中複雑なものを抱いているからだろうか。
「俺たちは今、【暁の団】と名乗って、駐屯軍相手に抵抗運動を続けているんだ。ここに来たのは、先王の遺児が率いる解放軍に加えてもらえないかと思ったんだが…」
「【暁の団】……噂は聞いています。では、そちらが【銀の髪の乙女】ですか。【癒しの手】なる力を持つという……」
「ああ、まあ……」
ミカヤの力については、出来るだけ人に知られたくなかった。しかし、既に耳に入ってしまっているというなら隠しようもないので、サザは頷いた。
すると、セネリオの側に控えていた不気味な男が、何だか嫌な目つきでミカヤを見ながらこう言った。
「王子、これは絶好の機会ですぞ! 民衆に人気のある【銀の髪の乙女】を引き入れれば、民の心を集めることも容易になります。是非とも、お召し抱えになられますよう」
それに対し、セネリオは無言で男を冷たく一瞥した。この男が誰かはさておき、その様子でサザは、とりあえずセネリオがこの男を嫌っていることを知った。まあ、セネリオは三年前から誰に対しても冷淡だったが。
サザにとっても、この男の第一印象はあまり良くなかった。ミカヤをを利用するなど許せないし、そもそもそんな事、本人の目の前で言うものだろうか。
「あんたは、ミカヤを解放運動の道具にしようっていうのか」
思わずサザが語気を堅くしながらそう言うと、男はサザに対し、見下すような物言いでこう言った。
「んん? それの何がいかんのだ。お前たちの目的は我々と同じ、この国の再興なのだろう。ならば喜んで王子に仕え、解放軍のために尽くすべきではないのか」
「イズカ、黙っていて下さい」
セネリオが男の発言を制止した。イズカは主君に何か言おうとしたものの、一睨みされて沈黙する。
サザは、イズカのあまりに露骨で無神経な発言に腹を立てていた。相手側にアイクがいなければ、すぐにミカヤを連れて立ち去っているところだ。
「……駐屯軍が僕たちに差し向けてくる討伐隊の規模は、大きくなる一方です。あなた方が我々と共に戦いたいというのなら、喜んで戦力に加えます」
セネリオはそう言った。
戦力に加える。すなわち、あくまで他の解放軍兵士たちと同列に扱うということだ。イズカの言うように、ミカヤを民の人気取りのために祭り上げて利用するつもりはないと。
「ありがとうございます、王子」
ミカヤが感謝の言葉を述べた。これはつまり、彼女の解放軍に加わる意志は変わらないという事なのだろう。ミカヤがそう言うのならと、サザもまた姉と同じく、このまま彼らと行動を同じくすることに決めた。
そうして一通り話が済み、部屋からタウロニオ将軍とイズカが立ち去った後で、サザはアイクと話がしたいと申し出た。砂漠で出会った鷺の生き残り・ラフィエル王子の事を話し合いたかったし、他にも行商人たちの事など、色々と積もる話がしたかった。
だが、アイクはセネリオの側を離れることは出来ないと言った。
「俺の役割は、王子の護衛だ。話をするのは構わんが、王子が一緒でもいいか」
「それは構わないが……そういえばアイク団長。さっきの戦いで団長の姿を見かけなかったが、ひょっとして前線に出ていなかったのか?」
アイクの姿を見かけなかったのは不自然だと思った。三年前の戦いの時、アイクは前線に立って戦い、誰も敵わないような優れた剣技を披露していた。もし先程の戦いに彼が参加していたのなら、絶対にサザが気づかない筈は無い。
「戦闘の殆どは他の連中に任せている。俺は、前線に出ない事になっているんだ」
「えっ……どうして! そりゃあ皆も強いけれど、団長が加わればあんな連中、もっと簡単に退けられるだろう?」
世辞でもなんでもなく、心からサザはそう思っていた。グレイル傭兵団の者達だって、団長であるアイクが戦場にいれば、より士気も上がるだろう。無論、セネリオに護衛を付ける必要性はあるのだろうが、護衛を任せるのは他の者でもいいのではないだろうか。
サザがそう思っていると、セネリオが言った。
「アイクは……前線に出せないんです。目立ちすぎるので」
「目立ちすぎる……?」
首を傾げたサザに、セネリオが解説した。
成り行きでデイン解放の戦いに参加する事になったグレイル傭兵団だが、彼らは、かつてデインを滅ぼした側の人間である。だから解放軍内外においては、彼らがグレイル傭兵団だという事を隠しているのだ。無論、王子がその一員であるという事も。
ただし、それでもどうにもならない者が一人だけいた。それが、アイクである。
「……クリミアの救国の英雄・アイクの話は有名です。ここデインにおいても」
「まあ、そうだな」
デイン国民の間では、むしろ仇敵として有名だが。
「大剣を振るう青い髪の剣士となれば、他の者たちにアイク当人と気づかれてしまいます。よしんば気づかれなかったとしても、アイクの戦う姿は、クリミアの英雄の印象結びついてしまいます」
「だから、兵たちへの影響を考えて、団長を前線で戦わせない事にしたのか……じゃあ、この軍の指揮は誰が執っているんだ?」
「作戦の計画・立案は僕が担当し、前線の指揮はタウロニオ将軍に一任しています」
ではアイクは本当に、セネリオの護衛しかする事がないというわけだ(失礼ながら、アイクが作戦計画に役立てるとは思えない)。何とも勿体ない話だなとサザは思った。同時に、アイクと共に戦場で戦えない事を、残念だとも感じた。
「……待てよ。じゃあ、さっきのイズカとかいう男は何なんだ?」
「あれは……側近です、一応。先王の遺臣の一人だそうです」
セネリオはそう言い捨てた。この様子では、イズカはあまり王子に信頼されていない人物らしい。アイクが全くフォローを入れないところを見ると、彼にも好かれていない様だ。
「そうだ、セネリオさん。あっ……『王子』って呼んだ方がいいのか?」
アイクでさえ『王子』と呼ぶようにしているのだから、自分も同じようにした方がいいだろうと思ったサザがそう言うと、セネリオが頷いた。セネリオにしてみればアイクから主君として扱われるのは不本意だろうが、これも一つのけじめというものだろう。
サザはセネリオとアイクに、ムストンら行商隊が同行している事を話した。未だアイクに熱を上げている某・道具屋がいると聞いた途端、アイクが何とも言えない表情になる。アイクが彼女に求愛される日々が、再びやって来るという訳だ。サザは少しアイクに同情した。
「では、彼らにまた物資の管理を担当してもらう事にしましょう」
「それと……俺たちはここに来る前、別の遺跡に立ち寄ったんだが……」
ラフィエル達の扱いは、結局サザ達が最初に決めた通りのまま、砂漠に残していく方向で定まった。サザは当初、クリミアにいる筈のアイク達にラフィエル達の事を任せるつもりであったのだが、そのアイク達がデインにいるのだから、こうするしかない。デインを帝国軍の支配から解放する事さえ出来れば、彼らをガリアまで無事案内する事も可能になるだろう。
その夜、サザは早めにミカヤを休ませ、廊下で考え込んでいた。
ミカヤ本人は気丈に振る舞っていたが、昼間の戦いが終わってから、彼女の様子はどうもおかしい。どうせまた自分が見ていないところで【癒しの手】を使ったのだろう……とサザは思い、半ば部屋に閉じ込める様な形で彼女に安息を取らせた。
今日は本当に、色々な出来事があった。デイン解放軍への参加に、戦友たちとの再会。
彼らが共に戦ってくれるのならば、これまでのようにミカヤを守りきれずに敵の手に落としてしまうような事も、少なくなるかもしれない。しかし、大人数と行動を共にするという事は、ミカヤの素性が暴露する可能性が高まるという事……ある意味、ミカヤを守れない可能性が高まるという事でもある。
どうして、自分はこうも無力なのだろう。ただミカヤと共に生きたいと願い、その為に戦っているのに、自分の力だけではどうにも出来ない何かが眼前に立ちはだかる。そして結局はミカヤに無理をさせてしまう。彼女は、己が犠牲になることを厭わない人間だから。
ミカヤは、解放軍に加わることに危険は感じないと言っていた。危機を知らせる例の『声』も聞こえないと。
だが、これからデイン解放の戦いを続けていけば、あのミカヤの目立つ容貌が災いして、【銀の髪の乙女】がデイン解放軍に参加しているという噂が民衆に広まっていくだろう。ミカヤはそれでも良いと言っていたものの、サザは不安を感じずにはいられない。
サザが廊下の壁にもたれて考え込んでいると、意外な取り合わせがそこを通りがかった。セネリオと、サザ達がグライブ監獄で出会った旅の少年・クルトである。セネリオは手に提げていたランプを掲げてサザの姿を視界に認めると、僅かに眉を顰めた。
「……こんな所で何をしているんですか?」
「ちょっと、考え事を……あんた達こそ、何でまた一緒なんだ?」
セネリオがアイク以外と一緒にいるのも珍しいが、それがクルトというのがまた意外であった。サザ達でさえ、彼とはまだ出会ったばかりなのに。
「グレイル傭兵団の方々とは知り合いなんです」
クルトがそう言った。何故か、嬉しそうに笑いながら。一方のセネリオは、何だか妙に決まりの悪そうな顔をしていた。クルトが関係があるのは、グレイル傭兵団というより、セネリオ個人ではないだろうか。だが、それを突っ込んで尋ねても、セネリオからの返答は返って来ないに違いない。
「ところで、サザ。ミカヤはもう休んだんですか?」
「ああ、具合が悪そうだったから……」
「そうですか……では、ミカヤに『お大事に』と伝えて下さい」
クルトはそう言うと、セネリオの案内でどこかへ向かった。セネリオが一瞬ちらりとミカヤのいる部屋の扉を見たような気がするが、すぐに前を向いて静かに歩いていく。
そのランプの光が廊下を曲がって見えなくなった頃、部屋の中からミカヤが出てきた。
「ねえ、サザ……」
「ミカヤ、まだ起きてたのか。早く寝ろよ」
「ええ。あの……今、王子がここをお通りにならなかった?」
「通ったよ。話し声がうるさかったか?」
「そうじゃないけれど……何か仰っていた?」
「えっ? いや、別に何も……」
喋っていたのはクルトばかりで、セネリオは殆ど何も喋らなかった。ただ、ミカヤに関心を持っていた様子は、見られたような気がするが。
「そう……解ったわ。おやすみなさい、サザ」
ミカヤは何だか冴えない顔色のまま、再び部屋へ引っ込んでいった。
……セネリオといい、ミカヤといい、どうもおかしな様子ばかりだ。一体、どうしたというのだろう?
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境界線のその先に(6)
クルトは姉に会いに行きました。