哀れなる人、罪の下僕(3)
篭りが明けて半年、新年も明ける頃。
完全に女性に分化したは、王城の一角にある塔の一室に監禁されたままだった。沐浴以外は部屋を出ることすら許されず、かといってする事も出来る事もなく、侍女に見張られた部屋で、ただ座って考え事をして過ごす毎日。
リリアノには危機感がなかったようだが、はヴァイルとの決闘に負けた時点で、こうなると想像ついていた。望み通りから玉座を奪っただけで、彼が満足する筈がない。どうあっても彼がを自由にする筈がないと。
塔から出られる見込みはなかった。監禁されていても、部屋に出入りする侍女の言動から、外の様子は僅かに伝わってくる。新たな六代目の国王は先代以上に苛烈な執政ぶりであるらしく、城の空気はぴりぴりと殺気立っていた。
は大人しく状況を受け入れていた。ヴァイルがをどうするつもりなのかは知らないが、成人後から半年経っても会いに来ない以上、今はこうしてを塔に繋いでいるだけで満足しているのだろう。最も、それもきっと、一時のことだけなのかもしれないが。
半年が過ぎても、の体調は元には戻らなかった。塔の一室で安静にしている分には問題ないのだが、医士からは、このままの身体では子供は望めないかもしれないと告げられた。この状況では、その方がいっそ望ましかった。あるおぞましい未来の可能性が低くなるからだ――最も、ヴァイルがそれを実行するとは思えなかったが。
今頃、彼は結婚という忌々しい義務に追い詰められて、さぞ鬱屈した日々を送っているのだろう。想像すると笑ってしまいそうになる。
……ヴァイルを愛していた。初めて会った時、この人しかいないと強く感じた。
けれど彼は、結婚などしたくないと嘯いたその口で、に約束を求め、が一時でも迷うと失望してを切り捨てた。彼が欲しかったのは彼自身と同じ存在、傷の舐め合いをする相手なのだと気づいた時、の中で、彼に対する愛情は憎悪へと変わったのだ。タナッセがいてくれなかったら、はきっとヴァイルの存在そのものが許せず、彼を殺そうとまでしただろう。
……タナッセを憎んでいた。彼は初めからを敵視していたが、が彼に対して抱いた憎悪は、彼が抱くそれ以上だった。
タナッセは自身を持たざる者だと思っていたようだが、もまたタナッセと比較して、持たざる者には違いなかった。あの頃のがどんなに願っても得ることの出来ないものを、彼は生まれつき持っていた。そのくせ、男性を選択してヴァイルから逃げた臆病者。は、ヴァイルが男性を選びたがっていると知った時、即座に女性を選択しようと決めたのに。
それなのに、あの時なぜ、愛しているだなどと言ってしまったのか。自分を殺そうとした男に対して。
自分でしでかした事にも関わらず、死に体のを抱えて蒼白な顔をしたタナッセを見た時、胸中に湧いたのは何とも言えない哀れみと愛おしさだった。追い込まれて禁忌に手を染めた挙げ句、自分の始末も自分で付けられない情けない有様を見ていると、憎悪も軽蔑も消え失せてしまった。
あの時のは、誰かを愛するという事に疲れていた。それでいてヴァイルへの憎悪を捨てきれなかった。だからタナッセに縋ったのだ。彼の傍にいたいという気持ちが愛情なのか、そんな事まで考えられなかった。
けれども成人の儀の前日、彼から求婚されたとき、純粋に幸福だと感じた。の元から逃げない、という言葉が嬉しかった。そして、彼の居場所になりたいと心から思った。
だが……という人間は、結局、ヴァイルへの憎悪から逃れられなかった。
リリアノの決定にヴァイルが不服を唱えた時、の胸中に過ぎったのは、つくづく言うことの一貫しない彼に対する激しい怒りだった。結婚などしたくない、王位などうんざりだと散々言っていたではないか。だからが、そこから引きずり下ろしてやったのに。
体調が回復していないのにも関わらず、はヴァイルとの決闘に応じた。自分の腕前に自信があったからではない。公衆の面前でヴァイルを打ち負かしてやれる、という誘惑に抗えなかったのだ。
あの瞬間、タナッセへの愛情を忘れてしまった自分が許せなかった。
タナッセがここを去り、遠いどこかへ移ってくれていること。それがの本心からの希望だった。だが、現状はそうではないようだった。彼はリリアノが与えた所領を返上して城に残り、新国王と真っ向から対立して孤立しているという。
がヴァイルへの憎悪を捨てていれば。そう思うと、ただただ辛かった。彼に会いたくてたまらなかった。最後の日、の篭り開けを待っていると言ってくれたあの言葉。彼の言う『十分に賢く、気品があり、優しく美しい相手』にがなれたかどうかは分からないけれど、篭り開けに会えた暁には、あのよく回る口で、世辞の十や二十も言ってもらおうと楽しみにしていたのに。

きっと、は一生、ここから出られないのだろう。
はヴァイルを裏切った。人を使って裏から手を回し、彼の名誉に傷をつけて貶めた。全て、自分が冠を得んが為に。
その事が耳に入れば、ヴァイルがを生かしておく筈がない。

どうせ、いつかは必ず露見することなのだ。

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