続・眞魔国の男は秘密がいっぱい(9)
翌日……。

日がすっかり上がった時刻になっても、ウェラー卿コンラートは自分の部屋で、死んでいた。


とうとう出番のないままだった『裏・眠り隊』を部屋の隅に投げ出して、彼はベッドでしくしく泣いていた。
完全に失敗した。自我を忘れて、ユーリに抱きついたりして…そして、逃げられた。
ユーリに振られるのがこんなにショックだったなんて、思ってもみなかった。
…ユーリをオトせなかった以上、間違いなく自分はギーゼラに殺されるだろう。
だが…はっきり言って、死んだ方がましだった。ユーリを他の男に取られる光景なんて、見たくない。
「…ユーリぃ……」
コンラッドの脳裏には、ユーリとグウェンダルのラブラブハッピネスな日々が思い浮かんだ。
この際、グウェンダルがアニシナを好きだという事実は忘れて。

『グウェンダル…あっ、ダメだよ、そんなところ……ああ、そんなの怖いよ……』
『大丈夫だ。お前はただ、私に、全てを任せればいい……』

「そんなのイヤだあああっ!! って言うか、グウェンダルのばかあああああっ!!」
コンラッドは泣き伏した。シーツをばんばん叩き、ベッドの上を転げ回って床に崩れ落ちる。近くに落ちていた本を掴むと、壁に叩き付けて八つ当たりをした。
その時、ドアが突然開いた。
「隊長?」
ヨザックの声だった…コンラッドは顔を上げた。
「さっき戻ったんですけど……あんた…何やってるんですか?」
「…放っておいてくれ」
コンラッドはいそいそとベッドに戻ると、枕を抱き締めて、しゃくり上げた。
「…その…みんな、あんたが起きてこないから、何かあったのかって不思議がってますよ」
「…」
ヨザックはコンラッドの肩を叩いた。
「ほら…あんたにはあんたの仕事があるでしょう? こんな所でいじけてないで…」
「…」
「ほら、隊長」
コンラッドは渋々ベッドから出た。



しかし、予想外の展開がコンラッドを待っていた。
彼が魔王陛下の執務室を、
おはようございます、陛下………
と、瀕死の時のような声で挨拶しながら訪問した所、待っていたのは、
「あっ、コンラッド。おはよう!」
という、『快活』以外の何物でもないユーリの挨拶と、晴れやかな笑顔だった。

…あれ?

コンラッドはユーリの態度に違和感を覚えた。

まるで、何も無かったような態度だな…っていうか、無かった事にされてるのか!?

「コンラート。今日はまた、随分と遅起きですね…体調がすぐれないのですか?」
ギュンターがユーリの机に目を落としつつ、コンラッドに尋ねた。
「ああ、いや…その…」
咄嗟に言い訳を思いつく事が出来ず、コンラッドは狼狽した。
だが、ユーリが助け船を出してくれた。
「ギュンター…そろそろ、休憩しない?」
「もう、ですか? それはちょっと…見ていただく書類がまだこんなにあります。休憩は、せめて半分程終えてからに致しませんか?」
すると、ユーリはきらきらっと円らな瞳を潤ませて、ギュンターを見上げた。
「ギュンター、おねがーいっvv」
ユーリのおねだりアタックを受けて、ギュンターは息を詰まらせて赤面する。
「うっ……し…仕方ありませんね…」
「やった! じゃあ、おれ、ギュンターが淹れてくれるお茶が飲みたいなぁ〜」
「で、では今すぐ淹れて参ります!」
急ぎ足と言っていい速さで、ギュンターは執務室を後にした。
…末恐ろしいなあ、と、コンラッドは思った。
今のユーリのおねだりアタックは、ユーリ本人は無意識のうちにやっているのである。無意識のうちに、だ。もしも、本気でユーリがギュンターを手玉に取ろうとしようものなら、ギュンターはどうなる事やら……。
それはさておき、執務室にはユーリとコンラッドだけが残された。
コンラッドは視線を彷徨わせた。勿論その表情には、いつもの好青年スマイルなど浮かんでいない。
「…あのさ、コンラッド」
「…はい」
「おれ、よく考えたんだ。あんたに言われた事について。…何の事かは、分かるだろ?」
「ええ」
ぎゅっとコンラッドの手が拳をつくる。
人生最悪の瞬間を覚悟した。
「おれ、さ…」







『お試し期間』は、一週間がいいな」







「そう、ですか………って、えっ?」
コンラッドは顔を上げた。
「あの、ユーリ。今、何て言いました?」
「え? だから、お試し期間は一週間がいい、って。一週間じゃ足りないの?」
「いえ、そうじゃなくて…『お試し期間』って、何の事です?」
「あれ、あんたは知らないの?」
ユーリが首を傾げた。
「ほら、眞魔国ではさ、同性同士も結婚出来るだろ? でも、まだまだ異性同士の結婚と比べればマイナーだから…って言うんで、同性から告白されたりプロポーズされたりした時には、それを受けるかどうかをじっくり考える為に『お試し期間』っていうのを設ける事が出来るんだって」
「…」
「で、その『お試し期間』の間に付き合ってみて、期間終了後にどうするか決める…ってやつ」
「…」
そんな慣習、聞いた事がない。
一体、どこからユーリはそんなデマを聞きつけたのだろう、とコンラッドは思った……が。
「…あれ? おれの説明、間違ってる?」
「……い、いいえ、それで合ってますよ。俺は『トライアル期間』って呼んでますけど」
「ふーん、人によって呼び方違うんだ」
「そうみたいですね」
…敢えて、彼は「それはデマだ」とは言わないでおいた。
「それにしてもユーリ、良く知ってましたね。意外と知られてない知識なのに」
「ギーゼラさんが教えてくれたんだ。こんな慣習があるから、おれもやってみたらどうか…って」

ギーゼラ、ナーイス!!!

コンラッドは心の中で彼女に感謝した。
「それでさ…一週間でいい?」
「ええ」
「でさ…試しに付き合ってみる、って言っても…キスとかは無しでいい? デートはいいけど…」
「はい、分かりました。じゃあ…何処か遊びに行きたい場所はありますか?」
「うーん、思いつかないなあ…明日までに考えておくよ」
「では、一週間よろしくお願いします」
コンラッドは深々と頭を下げて、そしてようやく微笑んだのだった。



で。



彼は、己の行くべき場所…ギーゼラの元へとひた走った。
お試し期間だか釜飯期間だか知らないが、上手い事をやってくれたものである。彼女のおかげで、コンラッドには一週間の猶予期間が与えられたのだ。
その一週間を使って、今度こそユーリを籠絡してみせようではないか!
「ギーゼラ〜っ!」
コンラッドは両手で彼女の部屋のドアを開け放ち、突入した。
…0.04秒後。
ウェラー卿コンラートの顎に、百科事典が直撃した。
打撃の勢いと激痛でウェラー卿は仰け反り、半分身体を廊下に出して仰向けに倒れた。
そんな彼の両脚をギーゼラは掴み、ずるずると部屋の中へと引きずり込んで、ドアに鍵をかけた。



昼前になって、アニシナがグウェンダルと共に血盟城に戻ってきた。
彼女は荷物を片付けると、すぐに同人作業用の道具の数々を携え、ギーゼラの元に向かった。
「フォンクライスト卿、ただいま戻りましたよ!」
彼女がドアを開けて中へ入ると…

「…自分一人ではまともに誘惑も出来んとはな。一体、貴様はこれまで何を学んできたのだ? ウェラー卿?」
ギーゼラが机の前に立って、軍曹モードで罵倒の声を上げまくっていた。
そして、彼女の向かいにはコンラッドが座っていた。
コンラッドは椅子に何重にも縄を巻かれて縛り付けられていた。しくしくと泣きながら、何かを書いていた。
「フォンクライスト卿、どうしたのです?」
「あら、フォンカーベルニコフ卿。今戻ったの?」
コンラッドはアニシナに気づいて一瞬顔を上げたが、ギーゼラに睨まれて、即座に机に視線を戻した。
「どうだった? というか…本当にグウェンダル閣下を不能にしてしまったの?」
「いえ。どうやら、あの男は陛下とは何でもないようだったので」
「ああ、良かった…私たちも、その事をつい昨日知ったのよ」
ギーゼラはほっと胸をなで下ろした。
「それで…コンラートの方は?」
「それがね…このヘタレ野郎ときたら、陛下の誘惑に失敗したのよ。私が手を回して、もう一週間のチャンスをあげたけど…予想以上にウェラー卿ったらヘタレだったんだもの。根性をたたき直さないと、また失敗しかねないと思ってね…ちょうど説教していたところよ。今、書き取りをやらせているの」
確かに、コンラッドはひたすら書かされていた…『俺はユーリをモノにします』という一文を。
それを見ながら、ギーゼラが凄絶な笑みを浮かべて頷く。
「そうそう…その言葉が骨の髄に染みるまで書き続けるのよ、ウェラー卿」
「うう…」
ギーゼラの声色が低くなる。
「貴様の為に、一週間だけチャンスを用意してやった。今度失敗してみろ…貴様のヤオイ小説を、実名で出版してやるからな、分かったか?」
「はい、軍曹殿…」

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〜おまけその1・グウェンダル閣下のその後〜
コンラッドがゆーちゃんをモノに出来たかどうかは…次の「おまけ」をお楽しみに。