続・眞魔国の男は秘密がいっぱい
〜おまけその1・グウェンダル閣下のその後〜
あれから3日が経過し、グウェンダルの心には平穏が戻った。
いつもの様に自分の執務室で机に向かい、ギュンターに任せっぱなしだった仕事を処理していた。
部屋のタンスにはあみぐるみの数々が並んでいる。そのタンスの一番下段に置かれているプレゼントの箱を、ちらりと見やった。
…アニシナへ贈る筈だったが、結局、渡せずじまいだった代物である。折を見て手渡そうと考えてはいるのだが、ひょっとしたら、このままタンスのこやしとなってしまうかもしれない。
それにしても…と、グウェンダルは考えた。
コンラートとアニシナが恋愛関係にない事は、十分解った。
だが、それなら、あの2人は何をしているというのだろう?
…ひょっとしたら、発明品の販売ターゲットとして、新たに人間に狙いを定めているのかもしれない。それなら、魔力を持たないコンラートがアニシナの実験室に出入りするのも理解出来る。
しかし…それにしては、コンラートは元気である。本当にアニシナの実験台にされているのなら、少しでも憔悴していなければおかしいではないか………
「グウェンダル、入りますよ」
アニシナが何の前触れもなくドアを開けて入ってきた。突然の彼女の出現にグウェンダルは驚いたが、もっと驚いたのは、アニシナの後ろについて入ってきたコンラートとギーゼラだった。
「貴方、暇ですか?」
「いや…まだ仕事が…」
「暇ですね。なら、私達に協力するのです」
アニシナは有無を言わせてはくれたが、聞いてはくれなかった。
彼女はチラリとコンラート&ギーゼラに目をやった。
ギーゼラは優しげな笑みを浮かべて…ドアをきっちり閉めた。
グウェンダルは嫌な予感がした。
「な…何故、鍵を閉める…?」
グウェンダルは警戒心バリバリで椅子から立ち上がった。
「逃げ出されたら困るからに決まっているでしょう」
「なあ、アニシナ。どうする? 机と床、どっちにする?」
コンラッドは何故か上着を脱ぎ始めていた。
「机にしましょう。私が片付けますから、貴方とフォンクライスト卿はグウェンダルの方を」
「分かった」
アニシナがグウェンダルの机の書類を片付ける一方、コンラートとギーゼラは両側からグウェンダルにじりじりと迫っていく。
「な、何をする気だ!?」
「ちょっと絡みのシーンのデッサンをさせて頂くだけですから、どうぞご安心下さい、閣下」
ギーゼラは、どこからともなくロープを取り出した。縄目の細かい、細いロープである。だがロープはロープだ。そんなものを見せられて、安心出来る筈がない。
「か…絡み…?」
グウェンダルが横目でコンラートを見ると、彼はとっとと上着を脱ぐと、
「ああ…そっか、これがあったな」
と言って、剣まで外して壁に立てかけた。それからにっこりと微笑む。
「大丈夫ですよ。一度っきりですし、実際にする訳じゃないし。それに、俺は上しか脱ぎませんから」
「『俺は』!? わ、私はどうなる!」
「そりゃあ勿論…ねえ?」
コンラッドの笑みが黒くなった。ギーゼラがそれに応える様に微笑む。
「やはり、受には下半身だけでも脱いで頂かないと」
アニシナは机の上の書類を綺麗さっぱり片付けると、その机の前に椅子を二つ並べていく。
彼女はスケッチブックを2冊ちらつかせ、そしてニヤリとほくそ笑んだ。






夕方になり。


ヨザックは、グウェンダルの執務室へと足を運んだ。
「閣下、俺です。入りますよーっ…」
ヨザックがドアを開けて中に入る。
…そして、彼は見てしまったのだ。

見てはいけないものを。

まず、グウェンダルが机の脇にへたりこんでいた。
素っ裸で。
彼の肩には愛用のファンシーな手織りの肩掛けが掛けられている。だが彼の衣服は脱ぎ散らかしたかのように、部屋の四方八方に散らばっている…下着まで。
そして、コンラッドが机にもたれるようにして立ち、両手でロープを束ねていた。
上半身裸で。
だが、一番ヨザックの目に異様に映ったのは、椅子に腰かけてスケッチブックを手にしているアニシナとギーゼラだった。
何が起こっているのかは、ヨザックには理解出来なかった。
3人もそうだった。ヨザックの出現に目を丸くして驚いていたが…次の瞬間、『キラーン!』と瞳を輝かせた。
「これは…何とタイミングの良いことでしょう」
「ええ、本当…」
アニシナとギーゼラがスケブを置いて立ち上がった。
「今、貴方とウェラー卿の絡みのシーンについて話し合っていたところなのですよ。ですが…こうなったら、先に3人での絡みシーンを済ませてしまいましょう」
アニシナの言葉の80%は通じた。それでヨザックには十分だった。
だから、ヨザックは危機感を覚えて脱兎の如く逃げ出した。
…が、幾分も行かないうちに、廊下でコンラッドとギーゼラに捕まった。二人がかりで床に押さえ込まれ、縛り上げられ、猿ぐつわをかまされた。
「んー!!」
「そんなに怯える必要はない。受は俺がやるから…と言っても、まあ、襲い受けだけどな…」
「ごめんなさいね。どうしても合同本の構想が固まらなくて…だから3人で話し合った結果、一度本人に実演してもらった方がいい、って結論に達したのよ」
2人はヨザックを担ぎ上げると、えっほっえっほっ、と部屋へと運び込んだ。
そして…ドアを閉め、鍵をかけたのだった。





その夜。
「それじゃあ、ユーリ。おやすみ。いい夢を」
「うん」
ユーリがベッドにもぞもぞと入り、横になる。
だが、踵を返しかけたコンラッドを急に呼び止めた。
「ああ…あのさ、コンラッド」
「はい?」
「昼間、あんたに用があったんだけど…何処に行ってたの?」
「アニシナの所です」
「ああ、例の文学活動ね。そんなに人手が要るんだ?」
「いつもそうだという訳じゃないんですが…たまには、男手が要るみたいで」
「ふーん」
コンラッドは引き返してきて、ユーリの横たわるベッドに腰を下ろした。
「それで、俺に用って何ですか?」
「あのさ…明日、遠乗りしない?」
「えっ?」
コンラッドが首を傾げた。
「明日は、書類仕事があるんじゃないんですか?」
「うん…でも、いいんだ。あれは急ぎの仕事じゃないし…あんたとの『お試し期間』は残り4日だろ? だから…その間、出来るだけ一緒に過ごそうよ。明日…どっか行こう?」
だめ? とユーリは尋ねた。
「…それは、デートのお誘いと考えてもいいんですか?」
コンラッドがそう返すと、ユーリはかあっと赤面した。
「…うん、まあ、そうなるよな。デート、って事になるよ」
「分かりました。俺の方は、明日は特に予定もありませんし…とっておきの場所に連れて行きます。今の季節、眺めがいい場所があるんですよ」
「本当!? ありがとうな!」
「こちらこそ」
それからコンラッドは部屋を出て行った。
だが…ユーリは枕に頭を沈めて、コンラッドの事を考え続けた。
『お試し期間』なんて、最初は冗談みたいだと感じていた。ごっこ遊びを楽しむような気分で、何の恥じらいもなく、一週間コンラッドと過ごせるような気がしていた。
だが、実際にコンラッドと付き合ってみて…そうでない事が分かった。
日を経る毎に、自分の中で、これが冗談ではなくなっていく。
『お試し期間』突入直後から、コンラッドの夢ばかり見るようになってしまった。昨日など、彼とキスする夢を見てしまったのである。
その夢が現実になったら、自分はどうなってしまうのだろう?
一応『お試し期間』前に、コンラッドには、「デートはいいけど、キスは無し」と伝えておいた。だが今ではむしろ、言い出したユーリの方が、コンラッドとキスしてみたくてたまらない状況になっている。
「何なんだよ、もう…」
ユーリは頬を染めたまま寝返りをうち、抱き枕を抱き寄せて目を閉じた。
今夜もまた、彼の夢を見るのだろうか。
それを期待している自分と、そうでない自分が存在している。

…頼むから、今夜の夢が昨日の夢よりエスカレートしていませんように………。





「ふっふっふっふ」
コンラッドが怪しげな笑い声を立てながら、アニシナの実験室にやってきた。
「おやウェラー卿、どうしたのですか」
アニシナは白衣&マスク姿で、衣服のようなものを、透明なケースに吊していた。
「アニシナ。君に頼んだ、あの魔動抱き枕『新生・眠り隊〜ウェラー卿専用仕様〜』だけれど…効果があるみたいだ。ユーリの方からデートに誘ってきたよ」
「そうですか。私とフォンクライスト卿の前で脱いだ甲斐がありましたか?」
「ああ、とっても」
アニシナは煙を発している何かを、透明なケースの中に入れた。そして蓋をし、マスクを外す。
「…何をしているんだ?」
「グウェンダルが私に服を寄越したのですよ」
「服?」
「ええ」
アニシナはフン、と鼻を鳴らした。
「これは、『せくしゅある・はらすめんと』です。女性に服を贈るなど、せくはら以外の何物でもありません。そうでしょう?」
「え…どうしてだ?」
アニシナは別の衣服を裏返し、端から繊維を一本抜き取ると、それを試験管に入れた。
「私は、あの男に自分の体型を教えた覚えなどありません! いつ何処で、どのようにして調べ上げたか知りませんが…女性の体型について聞き回るなど、変態ではありませんか!」
「…」
コンラッドはアニシナをじーっと眺めた。
…どう見ても、彼女の体型は標準体型から逸脱していない。だから特別に体型を調べなくても、問題ないのではないだろうか?
「ですから…これらの衣服は、せくはらの先例として、私が調査及び保存しておくのです」
「いや、あのアニシナ。それはセクハラじゃないと思うし、グウェンはそう考えてもセクハラするような男じゃないし、そもそも彼は君の事が……」
が…コンラッドが肝心な事を言おうとした時、隣の部屋からくぐもった呻き声が聞こえた。
「え…あれ、グウェンダルか?」
「ええ。せくはらへの制裁と新人教育を兼ねて、フォンクライスト卿がダカスコスと2人で、グウェンダルの毛を剃っている筈です。首から下は全部
「…」
コンラッドはその部屋の方を見た。
そして、こう訊いた。
「…アニシナ、俺も観に行っていいか? 楽しそうだから…」
「ええ、どうぞ」
コンラッドがそそそっと隣の部屋に入っていき、アニシナだけが残された。
衣服の繊維を調べて、布の入手元を突き止める。グウェンダルが如何なる経路でこの服を手に入れたのかを、詳しく調べ上げ、その経路を断ってやるのだ。

…これがもし、花やあみぐるみといったありふれた代物だったら、せくはらにはならなかったのでしょうがね…。

アニシナはふと、そう考えた。
まあ、グウェンダルから何を貰った所で、今更動揺したりはしない。
そうだとも。
グウェンダルからのプレゼントはとても嬉しかったのに、肝心の中身が服だったのでショックを受けた…などという事ではないのだ。
そう、決して。

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〜おまけその2・コンラート閣下のその後〜
新生・眠り隊の詳しい効能については、次の「おまけその2」にて書きます。