『新魔王となったユーリは、護衛役であり名付け親であるウェラー卿コンラートにめろんめろんvvでした。ウェラー卿もまた、愛らしいユーリ陛下をとても慕っていました。
立場や身分の違いから2人は結ばれないかと思われましたが、愛と勇気と毒女と軍曹殿のおかげで、お互いの心は通じ合い、数多の障害も乗り越えて深く愛し合うようになったのです。……』
毒女アニシナが新しく書いた児童書『親子で読むコンユ講座』の原稿である。
コンラッドはそれを、満足そうな笑みを浮かべて読んでいた。
「ゆっくりフォンカーベルニコフ卿の名著を読みふけっている場合じゃないでしょう、ウェラー卿」
向かいに座っていたギーゼラが原稿を取り上げ、テーブルの上に広げられた計画表の紙をコンラッドに向かって突き出す。
「ああ、失礼、そうだった。ユーリを口説き落とす方法を考えないと」
「アニシナとグウェンダル閣下、お2人が戻るまでは今日を含めて3日あるわ」
「3日間で段階を踏んで、ゆっくり、確実に籠絡していくのが得策だろうな…」
「いきなりセクシー光線で悩殺しようだなんて思ってはいけないわ。陛下のお国では、同性同士の婚姻は普通ではないそうだし、きっと陛下も、男同士の恋愛には免疫がないと思うの」
「十中八九ないだろう。でなかったら、この国で男同士の婚約が普通である事に、あんなに驚いたりしない。…それに、セクシー光線で落とせるなら、とっくにユーリとは夜のベッドで愛を語らう仲になってるさ。いつも発しているんだからな…」
コンラッドは自分の色気がユーリに全く通じない事がかなりショックだったので、ふう、とため息をついた。
だが、そんな彼にギーゼラは、
「あら…あれ、セクシー光線のつもりだったの? ただの腹黒セクハラビームだと思っていたわ」
と、厳しいツッコミを入れた。
「…と、とにかく、ユーリは鈍いからなあ。引かれたり、気持ち悪いと思われたりする事なく、かつ、メロメロにさせられるような口説き文句を考え出さないと」
「…でも、どうしてアニシナはあんなに怒っていたのかしら? そんなにコンユが好きなのかしら」
「いい事じゃないか。君はコンユが好きなんだろう?」
コンラッドは言い切った。
「まあね、でも少し残念だわ。今回の作戦では、貴方が陛下を襲って…もとい、口説き落としてしまったら、グウェン好きさんの数が減ってししまうかもしれないもの…」
自分に危機が迫っている事もつゆ知らず。
グウェンダルはアニシナと2人、カーベルニコフに向かう馬車に乗っていた。
御者2人を除けば、部下は一切連れていない。下手に連れて行って、今回の事を噂にされたくなかったからだ。
アニシナの突然の同行を知った時は動揺した。アニシナとのデート作戦、仮称『城○仁作戦』、正式名称『プロジェクト・S』の下調べに行くというのに、そのアニシナが突然カーベルニコフに帰るとは。
おかげで、出立がアニシナの都合で予定より遅れてしまった。
ユーリと相談した結果、グウェンダルはその間にデートに必要なものを急いで揃えさせてしまう事にした。
下調べをせず、ぶっつけ本番でいく事になったのである。
正直、緊張する。だがこの先、アニシナをカーベルニコフに連れて行こうとしても、素直に出かけてくれるかどうかは半信半疑だったのだ。むしろ彼女が自分からカーベルニコフに行こうというなら、好都合だという結論に至ったのである。
「アニシナ…足の方は本当に大丈夫なのか?」
「ええ。新発明の毒で骨をくっつけました。急遽つくったものなので自分で試すしかなかったのですが、なかなか良い出来映えです」
アニシナは自分の足を見た。骨はくっつき、ギプスも取れている。
「…骨を普通より早くくっつけさせるというのは、痛そうに聞こえるのだが…」
「まあ、楽ではありませんね。痛みはあります。どれくらい痛いかは…そうですね、魔動眠気覚まし機以上、といった所でしょうか」
「…私はあれで1週間頬が腫れたぞ」
グウェンダルはその時の傷みを思い出して顔をしかめたが、アニシナはふう、と呆れたような溜息を漏らした。
「あの程度で騒いでいるようでは、今度発明した魔動拘束具に、貴方は到底耐えられないでしょうね」
「痛い拘束具というのはどんなものなのだ? というか、それは何に使う? …ま、まさか、私を実験台として捕まえる為ではないだろうなっ?」
グウェンダルは慌てたが、アニシナはそんな彼を鼻でせせら笑った。
「貴方を捕まえる為? そんな目的で私が、魔動手錠や魔動首輪や魔動目隠しを作るとでも思っていたのですか?」
「な、なら、そんなものを何に使う…?」
グウェンダルはおそるおそる訊いた。
「手錠は手首に、首輪は首に、目隠しは目に使うに決まっているではありませんか」
「…アニシナ。それは誰が使うのだ?」
「作った時は特に考えていませんでしたが、今は、コンラートが『ベッドで使ってみたい』と言っています」
「なっ…あ、あいつにはそんな物を使う嗜好があるのか?」
グウェンダルは顔を赤くしながら尋ねた。
「あの男は少々ヘンタイ嗜好ですからね。それに鬼畜でSです。…まあ…そんなコンラートも、結局はヘタレ以外の何者でもありませんがね。…何を驚いているのです? 知らなかったのですか?」
「…」
…アニシナの好みがそういう男だったとは…。
ど、どうする?
(『こ、コンラッドってそういう奴なんだ…知らなかったよ俺…』)
グウェンダルの耳にユーリの声が届いた。彼が耳にコッソリ装着しているのは、アニシナがかなり昔に作った魔動装置である。今回、アニシナの実験室からこっそりと拝借してしまったのだが、この装置は骨飛族の骨を利用しており、遠くの相手と通信する事が出来る。この装置の優れている点は、使用者同士なら、かなり小さい声でも通信出来る事だ。おかげでアニシナにも聞こえないようなごく小さい声でも、ユーリとは話が出来る。グウェンダルの耳は髪で隠れているので、装置を付けている事は、アニシナにも気づかれていない。
(『っていうか、アニシナさんの男の好みって一体………グウェンダル…ど、どんまい! あんたはヘンタイでもサドでも鬼畜でもなさそうだから、アニシナさんの好みじゃないかもしんないけど、でも、メゲんなよ!』)
「…」
…メゲるなと言う方が無理かも知れなかった。
グウェンダルは自分の前途が思いやられて、つい、ため息を漏らしてしまう。
「何故ため息などつくのです? そんなに血盟城を出るのが嫌だったのですか」
「いや、そういう訳ではないが…」
「…」
どうせユーリを想っているに違いない。そうアニシナは心の中で考えた。というより、確信していた。
…だが、グウェンダルの横恋慕の恋路は、彼がカーベルニコフに赴いている間に断ち切られるのだ。
グウェンダルが不在の3日の間に、コンラートがギーゼラと協力してユーリを落とす、という手筈になっている。その為には如何なる非道な、非合法な、そして非毒女的な手段を用いても構わない。いざとなったら魔動枕『裏・眠り隊』とユーリの枕とをすり替え、イヤンな気分が膨らんで眠れなくなったユーリの寝所に現れ、全てをお教えしてしまっても構わない。
…万が一それが失敗したとしても、問題はない。
アニシナはアニシナで、このカーベルニコフ行きの機会を利用して、グウェンダルの方を始末する手筈になっているのだ。
無論、命を奪うような真似はしない。
グウェンダルのぶなしめじを役立たずにするのだ。今も隠し持っている、数々の魔動装置を駆使して。
『ぶなしめじが役立たずになったグウェンダルが、自ら、ユーリへの恋心を諦めようとする』…この、何とも危険な作戦のコード名は『MIB』である。
無論『メン・イン・ブ○ック』の略でもなければ、ましてや『ミッ○ョン・インポッ○ブル』の略でもない。
作戦コード名『MIB』。その正式名称は『ミッション・インポテンツ・ぶなしめじ(命名・ウェラー卿コンラート)』なのだ。
ユーリ命のコンラートは、この作戦に反対しなかった。というか、迷わず賛成した辺り、彼の人でなし度が伺えるというものだ。
ギーゼラはグウェンダルのぶなしめじが不能になる事を少し残念がっていた。が、コンラートに『ユーリと自分がくっついたら、ラブシーンをこっそり覗きに来てもいい』と言われ、最終的に了承した。
アニシナ個人は、幼馴染みを性的不能にする事に、何の躊躇いもなかった。今の彼女は、自分でも説明がつかない程の怒りや焦燥感で、頭がいっぱいだった。
「アニシナ」
「何ですか!」
考え事をしている最中に呼ばれ、気が立っていたアニシナは、柳眉を逆立ててグウェンダルを睨んだ。
さしものグウェンダルもこれには驚き、身体を竦ませる。
「ひ、昼だぞ…と、言おうとしたのだが」
グウェンダルはいそいそと手作りのお弁当の包みを差し出した。
(よしっ! グウェンダル、そこでお手製のおかずをアニシナさんに食べて貰うんだ!)
「そうしたら、アニシナさんも改めてあんたの料理の腕を認めるから、夜の食事にも誘いやすくなると思うしさ!」
ユーリは自分の部屋に閉じこもって、ひたすら魔動通信装置を握り、グウェンダルと通信していた。
今日の政務はない。グウェンダルの采配の結果だ。おかげでギュンターは朝から書類を片付け続けるはめになり、涙を流していた。流石にユーリも哀れを感じたので、ギュンターに茶と茶菓子を持って行ったのだが、すると彼の涙は止まり、異様なやる気を出して頑張り始めたのだ。
いくら彼が有能な王佐でも、ユーリとグウェンダル2人の仕事を全て片付ける事は出来ないだろう…そう思っていたのだが、全てこなしてしまいそうな勢いだ。
おかげで今、ユーリはグウェンダルとの連絡に集中出来ている。
(『何ですかそれは?』)
(『弁当だ。私が作った…食べないか?』)
(『結構。自分で用意してきています』)
「な、ならグウェンダル、おかずを交換するんだ!」
コンコン。ドアがノックされた。
この忙しいのに…ユーリは焦りながら装置をベッドに置き、応対に出る。
「はい」
「ユーリ、俺です」
「コンラッド?」
コンラッドが扉を開けて、顔を出した。
「ユーリ、今、いいですか? ちょっと2人きりで大事な話がしたくて…」
「あー、ごめんコンラッド。おれ、今忙しいんだ。また後にしてよ」
そう言って、ユーリはバタンと扉を閉めてしまった。
ショックだったのはコンラッドだった。5秒で断られるとは思ってもみなくて、しばし、扉の前で呆然とする。
…しばらくすると、彼はそこから立ち去った。
今日の昼間にユーリを口説く事は、諦めるしかなかった。
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続・眞魔国の男は秘密がいっぱい(4)