続・眞魔国の男は秘密がいっぱい(3)
はらり、と、身につけていたものが床に落ちていく。
夜の寝室にともる灯りはなく、硝子窓の向こうから差し込む月光がユーリの首筋をほの白く照らす。
グウェンダルは頭ではユーリを止めなければと思っていながら、動けなかった。
…あまりに魔王陛下の裸身が美しくて。
「グウェンダル……」




「『陛下の…切実な囁きに、静まりかえった部屋の空気が…震える』…」

カリカリカリ…

「…『甘く震える』にしましょう。…えーと…『しなだれかかる、そのしなやかな肢体を……心を掴んでくる潤んだ瞳を……』…うーん…『…グウェンダルは…』…じゃない、『…拒めるだけの理性は……グウェンダルには……とうに、残されていなかった…』…」

アニシナとコンラートがそれぞれ嫉妬の炎に燃えている事もつゆ知らず、ギーゼラは1人、自分の部屋で懸命に執筆作業に取り組んでいた。
新刊はコンラッド×ユーリの強○モノ90禁コミックの予定だったのだが、急遽もう1冊グウェンダル×ユーリの小説本を増やしたのだ。
かなりきついスケジュールではあったが、ギーゼラは自分の妄想に勝てなかった。
ちなみに本は『ウェラー卿との情事に溺れながら、フォンヴォルテール卿の優しさに惹かれてしまうユーリ陛下』という内容。もちろん90禁である。
同人歴の短いアニシナはもう少し普通のラブ路線(でも90禁)のストーリーを書く。
だが、同人歴が長く、日々ヤオイ妄想に勤しんでいるギーゼラは、故スザナ・ジュリアの影響もあって、アブノーマル路線に傾倒しつつあった。例えば、先日出したコンラッド×ユーリ小説はあまりにネタや描写が過激過ぎるというので、元々75禁だったのに、最終的には100禁にまで年齢制限を上げた程だ。
「…よしっ、第4話の推敲は終わり、と」
ギーゼラは自分の小説の原稿をしまい込み、コンラートの新刊の原稿を読み始めた。印刷に出す前の代物で、執筆者本人とアニシナによる推敲は完了している。
だが、最終的な推敲をするのはギーゼラである。彼女の指示によってはもっと描写を露骨にする事もあるし、逆にモザイクを入れる事もある。その辺りは経験の差で、彼女は的確な指示を下してくれている。
「……ここはもう少しつゆだくにした方がいいわね……あら、ここの描写、最高…」
うっとりとした目で原稿用紙を丁寧に見ていった。
コンラートの書く同人小説は、ギーゼラとは違う男性的な視点で書かれているせいか、またはコンラート本人の性格の為か、スザナ・ジュリアが書いた同人小説とは少し違ういかがわしさが楽しめる。しかも、出してくるネタはギーゼラ好みのアブノーマルなネタが多い。
「……もう…どうしてこういう恥ずかしい台詞をぽんぽん思いつくのかしら…」
腐女子的笑みを浮かべてギーゼラは呟いた。そのうち、コンラートに『好きな言葉攻めベスト10』を訊いてみるのも一興かもしれない。
…と、突然、ドアがノックされ、ギーゼラはびくっと身体を震わせた。
「ギーゼラさーん?」
「へ、陛下?」
ギーゼラは慌てて原稿を隠すと、急いでドアを開けた。
開けると、扉の向こうに、ユーリのみならずグウェンダルまでもが立っていた。
2人並んで立っていられるだけで、今は、グウェユ妄想が激しく爆発してしまう。にやけそうになるのを堪えるのに、ギーゼラはとても苦労した。
「突然押しかけてごめん。ちょっと、相談したい事があるんだ…いい?」
「はい、どうぞ」
ギーゼラはにっこりと微笑んで2人を招き入れながら、相談内容が何なのかを頭の中で想像した。
単身ではなく、2人で相談に来る。
そして、自分は癒しの手の一族。

(……ひょっとして…私に、同性同士での初めての夜を成功させる為の、医者としてのアドバイスを求めておられるのかしら?)

そう思ったギーゼラだったが、この後の展開が少し妙だった。
「ほら、グウェンダル。おれは外で待ってるからさ、話してこいよ」
「ああ…」
「じゃあ、ギーゼラさん。よろしくな」
と逝って、ユーリはグウェンダルを連れてきただけで、すぐに部屋を出て行ってしまったのだ。
どうやらセックスセラピーに来た訳ではないらしい。
2人は向かい合って椅子にかけた。
「それで閣下、一体、私に相談とは何でしょうか?」
「…」
グウェンダルは一旦息を吐き、呼吸を整えて気分を落ち着けたら、話を始めた。
「…くだらない事でお前に時間を割かせる事になるが…話してもいいか?」
「ええ、遠慮なくどうぞ」
「では。…実は、お前に、恋愛ごとに関する相談に乗って欲しい」
ギーゼラの心の中で勝ちどきが上がった。
フォンヴォルテール卿の恋愛相談。こんな楽しそうな出来事が、突然起こるとは!
胸をわくわくさせながら彼女は訊いた。
「と、いいますと?」
「…私は…実は…今、横恋慕を、しているのだ」
危うくギーゼラは『横恋慕』という単語に激しくモエを感じて、落ち着きを失う所だった。
「横恋慕ですか…よろしければ、詳しく話していただけますか? 陛下が想いを寄せておられる方について」
「…いや…あまり、詳しくは話せない…」
グウェンダルはまだ落ち着かなかった為、視線を彷徨わせた。だが、視線を向けた方向がドアだった為、それを見たギーゼラは勘違いしてしまった…グウェンダルが横恋慕している相手は、ドアの向こうにいるユーリなのだと。

(めっちゃモエだわ!!)

「…最初は、私は己の感情を自覚していなかった。時を経るごとに気づき始めていった。その…相手の事を…特別に想っているという事をはっきり知ったのは、ごくごく最近だ」
ギーゼラはふんふんと相槌をうった。
「しかし、ついこの間…その相手が、とある男と相思相愛にあるという事を知った」
「『相思相愛』という事は、両思いであるだけで、お付き合い等はされていないという事ですか?」
「それは解らん。だが、かなり親しくはしているようだ。よく一緒に過ごしているらしい」
相手というのはコンラートの事に違いない。護衛としてユーリにくっついているし、玉の投げ合いや走り込み等をいつも2人でしている。
それにしても、ユーリがコンラートに既によろめいていたとは…ギーゼラは驚いた。実物のコンラートは小説中に見られるような強引さや度胸など無い、ただのヘタレでえろすな妄想家に過ぎない。だから、ユーリを落とすには、もう少し時間がかかるだろう…そう踏んで、あまりのコンラートの手際の悪さに、内心で歯噛みしていた程だ。
「それで…ギーゼラ」
「はい」
「私がどうするべきか、女性としてのお前の意見を聞かせては貰えないか。…つまり…諦めるべきか? それとも、何らかの行動を起こすべきか?」
「諦めてはいけませんよ、閣下」
ギーゼラは即答した。
そうとも、諦めてはいけない。『グウェンダルとコンラートとヴォルフラムの美形魔族三兄弟が、お可愛らしいユーリ陛下をめぐって恋の鞘当て』…素晴らしい響きだ。ギーゼラは思った。
大体、あっさり諦められたら、現在執筆中のグウェユ小説の立場がない。
「率直に申し上げます」
ギーゼラは咳払いした。
「今のお話から考えて、女性として閣下に助言させていただくなら、閣下のなさるべき事は1つです」
「…何だ?」
グウェンダルは緊張した。

「まずは…無理矢理にでも、そのお体でモノになさってしまうのです

グウェンダルは自分の耳を疑った。
ムリヤリ?
カラダ?
モノ?
「…………待て……待て、ギーゼラ。それは多分、というか、絶対、間違いだろう」
品性や倫理性がどうのこうのというレベルを越えたギーゼラの発言に、グウェンダルは混乱した。
「そんな事ありません。ヤオイネタでは、『攻めに無理矢理に体の関係をつけられたものの、攻めの意外な側面についつい惹かれて、心の方までモノにされてしまう』なんていう展開は、ありがちですよ?」
やおい?
せめ?
…グウェンダルにとっては理解不能な専門用語だった。
「ありがち……ほ…本当か?」
「ええ!」
ギーゼラは強く言い切るが、グウェンダルは流石に彼女のその助言には従う気になれなかった…まだ、命が惜しいからだ。
「閣下。多少強気に出て、その相手の方に、ご自分の魅力を示されてみて下さい。ひょっとしたら、その相手の方が閣下の魅力に惹かれていくかもしれませんよ」
「…なるほど…」
考えてみれば、そういう行動をアニシナに対してした事はなかった。1人の男性として、1人の女性であるアニシナに接した事はなかったかもしれない。
グウェンダルが考え込んでいると、ギーゼラの机に置いてあったあみぐるみが突然ブルブルと震えた。
「な、何だ?」
「ああ、フォンカーベルニコフ卿から頂いた魔動装置です。遠くから、このあみぐるみの中に入った装置を操作して、細かく震動させるそうです」
震動させるのは、アニシナが自分を呼んでいる為だ。ギーゼラは立ち上がった。
「申し訳ありませんが、フォンカーベルニコフ卿の所に行かなくては」
「そうか、解った。ギーゼラ、色々と参考になった」
何かを決めたらしいグウェンダルの表情に、ギーゼラは満足した。
グウェンダルがユーリを押し倒す事は出来ないかもしれない。だが、この顔色だと、絶対に何か行動を起こす筈だ。
それぞれ部屋を出て別れた。待っていたユーリと共に廊下を歩いていくグウェンダルを見送ってから、ギーゼラは急いでアニシナの所に向かった。今あった事を知らせる為に。



グウェンダルは自分の部屋にユーリを連れて行き、ギーゼラとのやり取りを話した。
「なるほど…つまり、『とりあえずはアタックしてみる』って事?」
グウェンダルは頷いた。
「うん、おれもそれはいいと思うよ。玉砕覚悟で行ってみたら? グウェンダル、アニシナさんの幼馴染みだろ? アニシナさんも、あんたの事を全く・全然・何にも思ってない、って事は、ないと思うしさ」
「そう…かもしれんな。しかし、具体的にどうするか、だな…」
ユーリも少し考えた。
「うーん…あんたの意外で、そしてカッコいい一面をアニシナさんに見せてみるとか、どう?」
「というと?」
「景色の綺麗な場所に連れて行って、そこで鎖骨とか見えるような色気のある格好するの。で、その格好で目の前で料理してみせて、ムードのあるディナーの後、服を送ったりしてさ。これぞ名付けて『城○仁作戦』! この間テレビで見た話の受け売りだけど」
「何だ、その『○咲仁』とかいうのは…?」
「元カリスマホストだよ、知らないの…って、知ってる訳ないか。まあいいや。でも、あんたがこう…白いシャツとか着て鎖骨見せて、それで銅のフライパンとか振って料理してたら、カッコイイと思うよ?」
「そうか?」
グウェンダルにはいまいち解らなかったが、ユーリの作戦に耳を傾けてみる事にした。
「景色の良い所…か。なら、カーベルニコフだな。あそこは観光地だ」
「なら、近いうちに良さそうな場所選んでおかないとな」



「なるほど…そういう事ですか。つまり、グウェンダルはまだ、陛下とデキてはいないのですね?」
「そうみたいね。ウェラー卿とデキてると思ってるらしいわ」
アニシナは大人しくベッドの中にいたが、両手で先程からぐにぐにとあみぐるみを潰していた。
「ところでウェラー卿は何処に行ったの?」
「あの男ならジェラシーに駆られて何処かへ消えましたよ。今頃、陛下かグウェンダルの様子を偵察しているのでは?」
と、そこへ、噂のコンラッドが荒々しく入って来た。
「どうかしたの、ウェラー卿?」
「グウェンダルが明後日、カーベルニコフに行く事になったそうだ。ユーリから聞いた」
「それはまた、急ですね。…何かあったという事でしょうか」
アニシナは考え込んだ。
「ああ…きっとグウェンダル閣下、陛下と2人でカーベルニコフに出かけて、いい感じなデートをされるおつもりなんじゃない? あそこは景観がいいもの。明後日出かけられるのは、きっと、その為の下調べよ」
「俺もそう思う。グウェンダルは今、何か色々と物を手配させたりしている」
「それは多分、デートに入り用な物でしょう。実に愚かです。そんな事で自分のみならず、部下にまで時間を割かせるとは…愚かしい事ですね」
アニシナの目がすっと眇められた。
「そうねえ、それよりだったら体で籠絡した方が手っ取り早いものね」
「ギーゼラ、君は俺とグウェンのどっちの味方なんだ!?」
焦るコンラッドに対し、ギーゼラはにっこりと笑って言った。
「私はどうせなら、先に陛下をモノにしてくれた方の味方になりたいわ」
「そうですね…フォンクライスト卿の言う通りですよ、コンラート」
アニシナが静かに言った。
「陛下を落とすのです。グウェンダルよりも先に!」
恐ろしいアニシナの気迫に、コンラッドとギーゼラは一瞬怯んだ。
「私がその為に協力致しましょう…明後日のグウェンダルのカーベルニコフ行きに、私も同行します。私は里帰りするだけですからね、あの男も嫌とは言わないでしょう」
というか、言わせないつもりでいる。
「その間に、貴方は陛下を籠絡しておしまいなさい。どんな手段を用いても構いません。押し倒そうが夜這いをかけようが、アフターフォローなどこの際考えずに。大胆な行動に出る事も辞してはいけません。何だったら私の魔動装置を貸します。様々な毒に魔動拘束具の数々、他にも恥ずかしいアレやコレを収める魔動記録装置や、一度抱きつくとイヤンな気分が止まらなくなる新発明の魔動抱き枕『裏・眠り隊』など、何でも使って構いません」
むしろ今すぐ『裏・眠り隊』を試してみたい…コンラッドは心の中で思った。
「フォンクライスト卿はこの男に協力するという事で。よろしいですか」
「ええ、勿論」
新しいクロッキー帳を用意しておかなくては。ギーゼラは頭の中で考えた。


それぞれの思惑が渦巻く日々が過ぎ…そして、3日が経った。

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『城○仁』うんぬんのネタ発案者は北条かつき氏です。