<前回のあらすじ>
ユーリへの桃色な想いをこっそり書き綴っていた事がアニシナ達にバレて、陰で同人作家としてデビューさせられたウェラー卿コンラート。
しかし、彼がアニシナの元へ出入りするようになった事で、グウェンダルは2人の関係を誤解してしまう。
アニシナに想いを寄せる彼は、コンラートに対し、アニシナと別れるよう説得を試みる。
が、言葉が足りなかったが為に、コンラートはグウェンダルがユーリの事を好きなのだと勘違いしてしまい、グウェンダルと口論になってしまった。
一方、勘違いしたギーゼラの口から、アニシナはグウェンダルがユーリを好きなのだと聞かされる。それによって彼女は取り乱してしまい、窓から転落してしまったのだった。
「…」
ヴォルフラムは言葉が出なかった。
朝、ユーリの執務室を訪ねてみれば、ギュンターとコンラート、そしてグウェンダルがいる。それは普通だ。
普通ならざるのは部屋に漂う空気だった。壁に寄りかかっているコンラートと、机の側で腕組みをしてサインを待っているグウェンダル。その2人の間で熾烈な視線の叩き付け合いが行われている。ちょうど、ユーリの頭上辺りで火花が散っていそうだった。
その凄まじい険悪さはユーリにも感得されている様で、ペンを動かす手がぎこちない。ただ1人、ギュンターだけは、ユーリの書く字の美しさやら力強さやらを賞賛するのに夢中で、その他の事は気に掛けていなかった。
どうしたのだろう、と、ヴォルフラムは訝しんだ。自分で言うのも何だが、三人兄弟の中で喧嘩(と言っても、ヴォルフラムが勝手にキャンキャン言っているのだが)するのは、大抵自分とコンラートだ。グウェンダルとコンラートは割と上手くやっている方で、意見を衝突させるような事はあっても、こんな風に関係を悪化させている様は、ヴォルフラムは見た事がなかった。
「…あ、あのさあ」
ユーリが書類から視線を上げた。
「…グウェンダルとコンラッドさあ、どうしたんだよ? 何かおかしいよ、朝から睨み合ってない? 何かあったの?」
「別に」
グウェンダルとコンラートは同時にそう答えて、プイっと相手から顔を背けた。
ドアが叩かれて、ギーゼラが姿を見せた。
「陛下、ご政務の最中に失礼致します」
「いいよ、どうかした?」
「その…実は、フォンカーベルニコフ卿が昨晩、誤って窓から落ちて、骨を折られてしまいまして」
「え、アニシナさんが!?」
あのアニシナが窓から落ちた!?
全員、個人差はあれど喫驚していた。中でもグウェンダルは顔面蒼白だった。
あのアニシナがそんな過失を犯す事があるとは思わなかったからだ。
「それで、具合はどうなの!?」
「左足の骨が折れただけで、他に異常はありません。今はお部屋で休まれていますが、陛下には『ご心配なさらない様に』と、仰っていました」
「そうなんだ…良かった」
ユーリは胸をなで下ろした。
「…ギーゼラ」
「はい、何でしょうグウェンダル閣下」
グウェンダルが口を開いた。
「…見舞いには行けるのか?」
すると、ギーゼラは困ったような表情になった。
「大した怪我ではありませんから、それは大丈夫ですが…」
「どうした?」
「その、先にウェラー卿を呼んできて欲しいと言われたものですから、閣下は後でお見舞いなさった方がよろしいかと」
自分の名前が突然出てきたものだから、コンラートは目を丸くした。
だが、呼びつけられる用件に心当たりがあった。新刊の話だろう。
「ああ、いいよ。コンラッド、行っておいでよ」
ユーリは特に不思議がるような事もなく、快くギーゼラにコンラートを連れて行かせてやった。
だが、2人が退室した後で何気なくグウェンダルを見ると…悲愴な表情がそこにあった。
「アニシナ、ウェラー卿を連れて来たわ」
アニシナはベッドに横たわっていた。怪我人で安静にしていなくてはいけない身でも、身繕いはきちんとしており、トレードマークのポニーテールがふよふよと揺れている。寝台に載せた左足のふくらはぎは包帯でグルグル巻きにされている為に、本来の3倍程の太さに見えた。
ギーゼラは他に仕事があるのですぐに部屋を出て行き、コンラートがそこに取り残される。
「そこに座ってこれをお書きなさい。新刊の巻末に入れる貴方の自己紹介です。素性がバレない程度に、萌えを狙って書くのですよ」
「ああ…」
コンラートは席を借りてそれに目を通した。
「なになに…?…『好きなシチュエーション』? やっぱり、強○かな。その後カラダで籠絡して…」
恥ずかしげもなくスラスラと答えていくコンラート。いつものアニシナなら、そんな彼に呆れ返るのだが、今日はどうも気分が落ち込んでいた。しかし仕事は続ける。来年には念願のイベント開催が待っているのだから!
「…そういえばコンラート、昨日渡した原稿、上がりましたか?」
「それが…夜に仕上げようと思っていたんだけれど、グウェンダルが来たものだから」
その名前を口にした途端、コンラートの中で彼に対する怒りが蘇った。
「グウェンダルが来て、どうしたのです」
「…そんな素振りを全然見せなかったから、今まで俺は全く気づかなかったんだけれど…グウェンはユーリに気があったんだ。わざわざ、『手を出すな』って、俺を牽制しに来たんだよ」
ギーゼラならそれを聞いてさぞかし萌えただろうが、アニシナはそうはいかなかった。
「そうですか…それは意外でした」
「ああ、全く信じられないよ。俺の方が絶対床上手なのに」
実の所、会話は全く噛み合っていない。コンラートはぶつぶつと兄に対する不平不満を愚痴っていたが、ふと、何かを削るような音がするので顔を上げた。
何と、アニシナが明後日の方向を向いたまま、持っていたペンを包帯グルグル巻き状態の左足に突き刺していたのだ。それも、相当力を込めて。
「あ、アニシナ!? 何をやっているんだ!」
「何って…おや、まあ、私とした事が」
幸い、包帯がかなり分厚く巻かれていたので、ペンは奥まで突き刺さってはいなかった。
「アニシナ…どうしたんだ、一体。窓から落ちた事といい、今の行動といい…」
「…」
アニシナは自分の手を見つめた。
本当に、どうしてしまったのだろう? グウェンダルがユーリを好きだ、と聞いた途端、頭に血が上って、何も考えられなくなってしまった。
どうかしている。別に知り合いが衆道だろうが両刀遣いだろうが、彼女はそれを嫌悪する気はない。ヴォルフラムがユーリと婚約した事にも、コンラートがユーリにホの字である事にも、彼女は反対しない。
だが、どうしてグウェンダルがユーリに想いを寄せているという事で、これ程動揺してしまうのだろう…?
そんな事を考えながら、窓の外を見た。城の中庭に面したその窓から、中庭に人の姿があるのを彼女は視認した。
グウェンダルだった。
しかも、ユーリと一緒にいるではないか!
「グウェンダル!」
「え、何!?」
コンラートは窓に飛びついた。
アニシナが魔動望遠鏡を手に取り、2人を観察しようと試みた。
だが倍率を高く設定していたので、グウェンダルの顔がどアップで映る。ユーリと話しているその横顔を見ると、無性に腹が立って、望遠鏡を持っていない方の手で手元にあったあみぐるみをぐにぐにと握りしめていた。無意識に。
政務が終わった後、ユーリは、中庭にグウェンダルの姿を見つけた。
「グウェンダル」
肩を叩く。そして、つとめて明るい調子でこう言った。
「何落ち込んでんだよ?」
「…お前には関係のない事だ」
そう素っ気なく答えて、グウェンダルは大きなため息をついた。
「…なあ…話してみろよ。おれで良ければさ、相談に乗るよ?」
「…」
ユーリはグウェンダルの隣に腰を下ろした。
「…………絶対に口外しないと誓えるか?」
「うん、誓う」
グウェンダルは頬を薄く染めて、話を始めた。
「…実は…私には…その……心密かに想う者がいるのだが…」
「ふんふん」
本人にとっては一大告白のつもりだったが、ユーリにとっては既知の事実だった。
「…コンラートも、その者を想っているらしいのだ…」
「は!? え、ウソだろマジで!?」
ユーリは飛び上がった。
「コンラッドって、アニシナさんの事好きなの!?」
「!! な、何故アニシナの名前が出る! 私は、アニシナだ等とは一言も言っていないぞ!?」
グウェンダルが真っ赤になって狼狽えた。その様が面白くて、ユーリはにやけそうになるのを堪えた。
「えー? だって、そうなんだろ?」
「…ま……あ……そうだ」
「やっぱり。でも、コンラッドがアニシナさんの事を好きだって言うのは本当なの? あの2人、全然そんな素振りないじゃん。あんたの勘違いじゃなくて?」
グウェンダルは首を左右に振った。
「私もそう思って、コンラートに確かめた。あいつは…他に好きな者がいながら、つい最近アニシナに乗り換えたそうだ。しかも、彼女に対してはかなり本気らしい…」
「ふうん、コンラッドがねー…」
グウェンダルはこれから言う事に対し、更なる苦悶の表情を浮かべた。
「しかも…アニシナの方でも、あいつを憎からず想っているらしいのだ…」
ウソだろお!?と叫びそうになるのを、ユーリが堪えた。
あのアニシナが、『恋にかまけるよりも、まず実験!』なアニシナが、あのコンラッドとフォーリンラブvvだとは。
なかなか信じられない衝撃の新事実だが、グウェンダルがこんな嘘をつく筈がないという事を、ユーリは知っている。
「くそー、ユーリ…グウェンダルと一体何を話しているんだ?」
「! 陛下がグウェンダルの肩に手をかけておられますよ! もう、はしたないですね!」
アニシナが自分の膝を叩いた。
「肩に手!? くー! 昼間っからあんな所でイチャイチャしてるのか!」
コンラートはめらめらと嫉妬の炎を燃やす。
アニシナは窓から落ちそうな位に身を乗り出して、何とか2人の話が聞き取れないかと思ったが、脇からコンラートに身体を支えられた。
そうしてやらなければ、本当に落ちそうだった。
その光景はグウェンダルとユーリの方からも見えていた。
「あ? あれ…アニシナさん?」
「…!」
コンラートがアニシナを抱きかかえている。
とても見ていられなくて、グウェンダルは立ち上がって城内へととって返した。
「ま、待てよグウェンダル!」
ユーリが慌ててそれを追いかける。呼び止められてグウェンダルは立ち止まるが、振り返らない。
「結局グウェンダルはどうするんだよ? 最終手段で、アニシナさんをひっぱたいてプロポーズしちゃう?」
「馬鹿な…」
「じゃあどうすんの?」
「……このまま、あの2人の関係が円満に進んでいくなら、それは良い事だろう。諸々の問題は起こるかもしれないが…昔ならともかく、今なら、魔王のお前の一声があれば、あの2人が結婚するのも不可能ではない」
グウェンダルの頭の中では既に、『ウェラー卿・ついに毒女の餌食に〜3000人の女性が涙〜』等のシンニチの見出しが踊っている。
「それはっ…」
「彼女が、…彼女が自分で考えて決めた事なら、私は何も言わん」
グウェンダルはそう言って、すたすたと歩き始める。
だがユーリはその腕を掴んで、彼を引き留めた。
「あのさ、グウェンダル。もう少し考えようよ。誰か別の…そう、ギーゼラさんに相談してみようぜ。女の人の意見も聞いた方がいいと思うんだ。最近ギーゼラさん、アニシナさんと仲いいみたいだしさ」
行こう、と言って、ユーリが腕を引っ張る。
…相談するだけならいいか、とグウェンダルも考えて、素直にユーリの意見に従った。
「ユーリが連れて行かれてしまったな、一体何処へ行ったんだろう?」
「ええい、何をしているのですかコンラート! 今すぐ追いかけて、やっておしまいなさい!」
アニシナが望遠鏡で膝を叩いて、悪代官の如き台詞を口にした。冷静さの欠片もない豹変っぷりである。コンラートは一瞬唖然としてしまった。
「えっ? 『やる』って…グウェンダルを殺るのか?」
「陛下を犯るのに決まっているでしょう! ××して○○して▲▲▲▲しておしまいなさい! 体で従わせてしまうのです!」
あまりに過激なその発言に、コンラートは色を失った。
「どうしたのですか、ほら、さっさとお行きなさい!」
「……アニシナ、君は…ひょっとして、グウェンに恋をしていたのか?」
「えっ?」
アニシナがきょとんとした。
「私が、グウェンダルに、恋を?」
アニシナは数秒間ぱちぱちと目を瞬かせていたが、やがて特有の笑い声を上げた。
「何を言うかと思ったら…愚かな。私が恋などする筈がないでしょう、しかもグウェンダルに。全く、馬鹿げるにも程があるでしょう。ああおかしい」
そう言ってからまたおははははは、と哄笑するアニシナだったが、向かい合っている相手はコンラートではなく、壁だった。
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