眞魔国の男は秘密がいっぱい(3)
「さあコンラート、これがついに完成した私の魔動遺失物探査装置、名付けて『あの素晴らしい品をもう一度』です」
「…」
コンラッドは無言で魔動装置を凝視している。
何故なら、アニシナが自信満々で見せたその装置は、コンラッドが地球で見掛けた『マイクロウェーブアヴン(電子レンジ)』という機械とそっくりだったからだ。
無論、アニシナは地球に行った事がない筈だから、そんな物を見た事も聞いた事もない筈だ。
だが、どうも信頼性に欠けるような気がしてしまう。
「…どうかしたのですか?」
「いや、何でもないんだ」
「ではこれからを行います」
アニシナがぴっと装置のスイッチを押すと、中の皿が回転し出す。
その動作がますます電子レンジそっくりなものだから、コンラッドの不安は募るばかりだった。

ちーん。

「探査が終了したようですね」
「そ、そうなのか?」
コンラッドの目には、特に反応らしきものがあったようには見えない。
が、アニシナはそんな彼を無視して電子レンジもどきの中から皿を取り出すと、それをじーっと凝視している。
「ふむふむ…なるほど、解りましたよコンラッド」
「え!?」
ただの真っ白い円い皿を見つめるだけで、自分が無くしたノートの居場所が分かったと彼女は言う。

…どうやったら解るんだ…あの装置はどういう仕組みで動いているんだ…?

「では、これからノートを取りに行く事にしましょう」
「構わないが、何処にあるんだ?」
「私について来れば解ります」



アニシナはずんずんと血盟城の外に出ると、城の裏に向かった。
そしてノートを隠した筈の茂みをぴっと指さす。
「反応はここからありました。ノートはここにある筈です!」
そう言うが早いか、コンラッドがものすごい勢いで茂みをかき分けてノートを探し始めた。あまりに激しく荒々しい彼に、アニシナは唖然としてしまう。
「…アニシナ…ノート、ないんだけれど」
「…何ですって?」
アニシナが瞠目した。
「陰も形も見当たらないんだ、本当にここなのか?」
「そんな筈はありません」
自分が確かにここに隠したのだ。
ここにないとすれば…誰かに持ち去られたのかもしれない。
「ひょっとしたら、私たちがここへ探しに来るまでの僅かな間に、誰かがノートを見つけて持ち去ったのかもしれませんね…」
と、その時、小走りの軽い足音がして、コンラッドとアニシナの身体には緊張が走った。
グレタだった。
「アニシナとコンラッド! 何してるの?」
「捜し物をしているのですよ。グレタ、この辺りで何か落とし物らしき物を見ませんでしたか?」
「落とし物…? あっ! 知ってるよ、さっき、ここにノートが落ちてたの。全部で3つ」
それだー!!
2人の目がギラリと輝いた。
「グレタ、それを落とし物だと思って、グウェンダルの所に届けたの」
「ぐぐぐ、グウェンダルの所に!?」
コンラッドの表情が一変する。
大変だ。真面目な長兄にもしあれを見られたら、冗談どころでは済まなくなってしまうではないか!
「グウェンダルぅぅぅぅぅ!!!!!!」
コンラッドは通常の5倍程の速度でグウェンダルの所へと向かった。



フォンヴォルテール卿の執務室の扉が、音を立ててぶち破られ、単なる4つの板きれに変わった。
「俺のノートぉ!!」
そして、何だかうるさくて大きい物が机に突進してきたものだから、グウェンダルは机に押されて椅子から転げ落ちそうになった。激しい衝撃を受けた彼の机は、寿命がさぞかし縮んだ事だろう。
その机に手をついて、ぜーはぜーはと息をしているのはコンラートだった。
「な…何事だ、ウェラー卿」
扉を壊された事に腹を立てるよりも、コンラートの変貌っぷりにグウェンダルは気を取られていた。
「グウェンダル…ここに、さっき、グレタが落とし物を届けたでしょう…?」
「ああ、届いた」
「! 今何処にあるんですか!?」
コンラートがグウェンダルの肩をがしっと掴んだ。無礼な振る舞いだが、腹を立てるよりも先にまず驚かされてしまう。
「ま、まさかあれはお前の物だったのか!?」
どうりで、妄想の内容がやたらと変態的でヒワイだった筈だ。
「てっきりギュンターの物かと思って、先程届けさせたのだが…」
「なっ…何て事をしてくれたんですか、貴方って人は!」
コンラートは乱暴に兄の身体を揺さぶった。そんな凄まじい剣幕にグウェンダルはついつい怯んでしまう。コンラートのこんな一面を見るのは、初めてだった。
「あ、あんなくだらない物を書くのはギュンターしかいないと思っていた! 大体あの汚い字もそうだろう、いつものお前の字とはあまりに違っていた、だから…」
「普段なら俺だってそこそこまともな字を書きますよ。けれど、あれを書いている最中の俺はユーリの事を想うあまり、理性が飛んでしまって…って、何を言わせるんですか!」
言わせたつもりは毛頭ないし、そんな秘密は聞きたくもなかった…と、グウェンダルは心の中で思った。
武勇に秀でて人当たりも良く、魔王陛下への忠誠心も厚いコンラートが、まさか、こんな男だったとは……!
「で、誰に届けさせたんですかっ!?」
「だ…ダカスコスだ」




…血盟城、中庭。
そこの一画の高い植木の間にしゃがみこんで、ダカスコスはグウェンダル閣下から渡された『遺失物』扱いのノートを読み耽っていた。
「…おお…うわ…ぶっ……こ、ここまでやっちゃうんですか………」
真っ昼間から読むにはかなり刺激が強い内容だったが、一度読み出すとどうにも止まらない。こんな事をしていてはいけない、これを王佐殿の所へ届けなくてはならない…しかし、やめられない。
毛のない頭が日中の陽光を受ける。
そして、その輝きを目ざとく見つけた者がいた。
「…ダーカースーコースーっ?」
「!!!!!」
その声、その気配。
ダカスコスの全身に戦慄が走る。
ギギギッと油をさしていない扉のようにぎこちない動作で彼が後ろを振り向くと、予感通り、そこには全身から真っ黒いオーラを漂わせつつ、仁王立ち&腕組みの体勢で自分を睨んでいる軍曹殿がいた。
「ぐぐぐぐ、軍曹殿っ!」
「こんな所で何をやっとるか!!」
「は、はいっ、申し訳ありませんです軍曹殿! 今すぐ見回りに行ってくるであります!」
「分かったらさっさと走らんか!」
「はい!!」
「もっと速く走れ!!」
「はい〜っ!!」
ダカスコスはノートを放り出して慌てて本来の仕事に戻った。
彼を仕事に追い立てると、ギーゼラはすぐさま軍曹モードを解除し、立ち去ろうとした。だがダカスコスが置いていったノートに、彼女は気がついた。

…何かしら?

手に取って開いてみると、何とまあ、ものすごい字で書かれていたので、思わずギーゼラはひいてしまった。
しかし、読めない事もない。字そのものは汚いが、一字一字が大きく書かれているからだ。
「…『待って、待って、コンラッド、こんな所じゃ…』『心配しなくても誰も来ませんよ。もし来たら…そうですね、見せつけてやればいい』……」

…何これ……

ギーゼラはにやけそうになる口元を、慌てて手で隠した。
「…わ…やだ、そんな…」

やらしいやらしいやらしい…!

「けどステキ!!」
ぎゅっとノートを抱きしめて、感激の声を漏らすギーゼラ。
「信じられないわ…やおいはもう、廃れる一方だと思ってたのに…こんな所でコンユ小説を見つけるなんて…」
落ちていた他の二冊のノートも、同様の内容だった。
キョロキョロとギーゼラは周囲を見回し、人がいない事を確認する。
…一体誰が書いたのかは知らないが、こんな素晴らしく貴重な物を放置してはおけない。
ギーゼラは3冊のノートを持って、コッソリそれらを読める場所を求めて立ち去ってしまったのだった。



毒女アニシナにも出来ない事はある。
『自分の妄想小説が書かれたノートを探し求める事に燃える、腹黒好青年の俊足について行く事』も、その1つだ。
「コンラート!…何処へ行ったのでしょうか…全く…」
アニシナは廊下を歩きながら途方に暮れていた。コンラッドを見失ったのである。グウェンダルの所へ行ったのだが、一足早く立ち去った後であった。
ノートがグレタに拾われた事は予想外の事態だったが、アニシナにはもう、手の打ちようがない。
一体、今、あのノートは誰の手に渡っているのだろうか?
「…?」
廊下の角を曲がった所で、アニシナはギーゼラとばったり出くわした。
「あ、フォンカーベルニコフ卿」
ギーゼラは妙におどおどしており、何故か、両手を背中の方に回している。
「フォンクライスト卿、ちょうど良い所に。ウェラー卿を見ませんでしたか?」
「ウェラー卿?」
その名を聞くなり、ギーゼラが変な顔になった。表情の変化をこらえるあまり、奇妙に愛想のない顔になってしまっている。
「どうかしたのですか?」
「あ、いえ、ちょっとね…ウェラー卿は見かけていないわ」
「そうですか。では、このくらいの大きさの冊子を見ませんでしたか?」
そう言って、アニシナは自分が持っていた新品のノートをギーゼラに見せた。
「ちょうど、これと同じ物を3冊程」
「!!」
ギーゼラの顔色が変わった。真っ青になり、そして、次に真っ赤になる。
「知っているのですね?」
「ええ…知ってるわ」
アニシナはギーゼラの目を見た。
ギーゼラもまた、アニシナの目を見る。
その時…奇跡が起きた。2人の女の心が、ある一点で通じ合ったのである。
「…あれを、読みましたか?」
「…ええ、読んだわ」
お互いにどちらからともなく、がしっと手を取り合って、同時に叫んだ。

「あれ最高!!」

「もう、信じられない位にいやらしい話だったわ。陛下に侍女の格好をさせたり首輪をつけたりするなんて…でも素敵!」
「私は温泉ネタも良かったと思うのですが」
「そんな話もあるの!?」
「ええ、他にも図書館でいたしたり、陛下を縛ったりと」
「激しいわね…」
アニシナもギーゼラもうっとりとしていて、夢見るよう、という表現が相応しい表情になる。
「ところでフォンカーベルニコフ卿、あれは一体、誰の手によるものなの? 何だかものすごい字だったけれど…」
「コンラートが書いたものです」
予想だにしなかった人物名に、ギーゼラが喫驚した。
「ウェラー卿があれを…!?」
アニシナが首肯する。
「そう…それで全部コンユだったのね。…今まで私はユヴォルユ推奨だったけど…どうしよう、コンユにも手を出してしまいそうだわ…」
「こんゆ…ゆう゛ぉるゆ…? フォンクライスト卿、それは何かの専門用語ですか?」
「ああ、フォンカーベルニコフ卿が知らなくても無理ないわ。眞魔国で同人活動をしていたのは私とジュリアだけだったし、彼女が亡くなってからは私1人だけになってしまって、めっきり廃れる一方だったんだもの…」
眞魔国の同人活動の先駆者だったスザナ・ジュリアが亡くなってからは、ギーゼラ1人では活動を続けていくのが精一杯で、同人を世に広める事は出来なかった。
しかし今、目の前に、新たな仲間と成り得る女性がいる。おそらく眞魔国一、頼りになる女性。
これで、かつてジュリアと共に描いた『眞魔国でイベントを開催する』という夢が、叶うかもしれない…ギーゼラは感動のあまり、涙がちょちょ切れそうになった。
「そうだわ、あのノート…」
「何処にあるのですか?」
「私が今持ってるわ。中庭に落ちていたの」
ギーゼラは自分の手を見た。ノートは持っていない。
足下を見ると、ノートは床に落ちていた。アニシナと手を取り合った時に、無意識のうちに落としてしまったのだろう。
「…あら…?」
「どうかしたのですか?」
「…1冊…足りないの」

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ジュリアさんファンの方へ、本当すみません。ギーゼラさんファンの方にはもっとすみません。
ちなみに、しっぽり温泉旅行ネタは「ディモルフォセカをくれた君」で使用する予定です(笑)。しっぽりっつーか、にぎやかっつーか。