怒りに任せてアニシナはドアを乱暴に開けた。
…が、来客の顔を見るなり、彼女は動揺を顔に出してしまう所だった。
部屋へ訪ねて来たのは何と、コンラッドだったのである。
「コ…ンラートではありませんか、どうしたのです? 貴方が私の所へ来るなど珍しいですね」
いつものように素っ気なく応対するアニシナだったが、彼女の頭の中には、ついさっきまで読んでいた妄想小説の事ばかりがもやもや〜んと浮かんで消えなかった。
「いや、ちょっと頼みたい事があって…」
アニシナにはそんなコンラッドの顔が、昨日までの彼とは全く違って見えた。この爽やかな顔の裏に、どれ程のエロ妄想が潜んでいるのか…それを想像するだけで怖気もするが、笑いもこみ上げてくる。
「実は…さっき、とある大事な物を、紛失してしまったんだ」
ぎく。
「と、言われても…何故私にそんな事を話すのですか? 遺失物については私の関知する所ではありませんのに」
アニシナは冷淡にそう返した。
「いや、その失くした物というのが、とてもとても俺にとっては大事な物で…」
「出来れば秘密裏に探したい、と」
コンラッドは頷いた。
「そういう、遺失物を探し出すような魔動装置はないかな?」
「ふむ…」
アニシナは考え込む素振りを見せた。
彼が探しているのはノートに間違いなかった。
秘密裏に探そうとするのは当然だろう。魔王陛下との禁断の愛のたけをぶつけた妄想小説…それも、余裕でR-90指定がかかるに違いない程の内容の小説なのだから(ちなみにRは「ああルビー色のオトナの世界」の略号)。
…アニシナは内心ほくそ笑んだ。
ちゃーんすっ!
上手くすれば、持ってきたもの以外のノートも入手する事が出来るかも…!
ふよふよとポニーテールが揺れる彼女の頭の中で、作戦が組み立てられていった。
「…ちょうど、それに近い用途の魔動装置を製作中ですが」
「本当か? それなら頼む。本当に困っているんだ」
コンラッドの表情には焦燥感が露わになっていた。アニシナは自分の推測に更なる確信を抱いた。
「よろしい。しかし1つだけ条件があります」
アニシナはびっと人差し指を立てた。
「条件?」
「一体どんな物を探すのか、それを私に教える事です」
「え…っ!?」
コンラッドがあからさまに驚き、困惑していた。彼の表情がここまでくるくる変わるのは珍しい事であった。
「当然でしょう。どんな物か分からなければ、探しようがありません」
そう言われてはコンラッドにも反論しようがない。彼は仕方なくこう言った。
「えー…と、ノートなんだ」
「ノートというと、私の発明した『のぉとぶっく』の事ですか?」
「ああ」
「貴方が私の発明品の愛用者であったとは意外でした。ああ、どうして貴方は魔力を持って生まれて来なかったのでしょうか。もし持っていたのならば、さぞかし優秀な『もにたあ』になったでしょうに」
「いや、それはどうかな……」
『のぉとぶっく』については、どの辺が魔動なのかさっぱり分からなかったので、かえって安心して使う事が出来たに過ぎないのだから。
「それで…何冊紛失したのですか?」
しらじらしくも、アニシナは既知の内容をコンラッドに質問していく。
「3冊だ。おそらく失くしたのはそれで全部だと思う」
「そうですか。分かりました。ところでそのノートの内容は何なのですか?」
「えっ……い、言わなくてはならないのか?」
「魔動装置に『でーた』を入力しなくてはならないのですよ」
コンラッドは顎に手を当てて押し黙った。悩んでいるのだ。話すかどうか。
「その…私的な事だから、出来れば話したくないんだが…」
そんなコンラッドの返答も、毒女にとっては計算の範囲内である。
彼女はまた内心でほくそ笑んだ。
「それでは私も協力出来ませんね。自力で探す事です。最も、見つけられるまで何日かかるか分かりませんが」
アニシナは意識的に冷たくそう言い放ち、話を終わらせようとしているかのような素振りを見せた。コンラッドに熟考する暇を許してはいけないのだ。
「ま、待ってくれ。自分の部屋で少し考えさせてくれないか?」
アニシナの瞳が怪しく光った事に、コンラッドは気づかなかった。
全く…何と優柔不断な男でしょうか。ここで決断を下す事も出来ないとは。
「…いいでしょう」
アニシナは強引にコンラッドから結論を引き出す事はしなかった。そうすれば逆に彼に怪しまれるのではないかと思ったからだ。
「しかし、結論は早目に出す事です。そのノートの中身が何なのかは知りませんが、こうして貴方が迷っている間にも、そのノートは外部者の目に晒されているかもしれないのですからね」
「うっ…わ、分かった。すぐ戻ってくる」
アニシナのトドメの一言にコンラッドは青ざめながら、フラフラとした足取りでひとまず自分の部屋へと戻っていった。
「…ふう。案外、コンラートもちょろいものですね」
アニシナは椅子に腰を下ろした。
コンラッドがどうするかなど分かり切っている。彼に選択の余地などない。自分に妄想小説を献上するしかないのだ。
つまり、悩むだけ無駄という訳だ。
「おははははははははっ!」
高らかに遺伝性の笑い声を立てると、アニシナは読みかけの妄想小説の続きを読みに行った。赤いポニーテールを揺らしながら。
コンラッドは部屋へ戻った。ノートの事に気を取られていたので、まだ部屋は散らかったままである。
ドアをきっちりと閉めた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ…!」
ぐねんぐねん、といった表現が相応しい奇怪な仕方で、コンラッドはもんどり打った。
目の前でアニシナに秘密ノートを見せるのは、この上なく最悪だ。あのアニシナの事だ…『これだから男というものは』とか『呆れたものですね』とかいう言葉を、遠慮無くズケズケと並べ立てるに違いない。彼女に見せて辛辣な批評を喰らう位なら、いっその事ヨザックに見せた方がマシだ。ヨザックならば、もし読後に何か言い出そうものなら、様々な方法で彼の口を塞ぐ…もとい、黙らせる事が可能なのだから。
しかし、アニシナの協力を仰げないとなると…一人でどうにかノートを探し出さなくてはならない。彼女の他に頼りになる人物がいないのだ。
独力で探すとなると時間もかかるし、手間もかかる。おまけに自分が捜し物をしている事をノートを持ち去った人物が知ったら、ノートの隠し場所を変えかねない。
短時間に、出来れば内密に、犯人を含めて誰にも知られないように、ノートを見つけださなくてはならないのだ。
「…」
あのノートを目の前でただ1人に読まれる恥と、自分の知らない所で不特定多数に読まれる恥。
…コンラッドは後者から逃れる為に、前者に耐える事を選んだ。
「思ったより早かったですね。それで、ノートの内容は何なのですか?」
「…これだ…」
コンラッドはアニシナの机に2冊のノートを置いた。
アニシナがそれを手に取り、ぺらりとめくって読み進めていく。
…頼むからアニシナ、もっと速く読んでくれ! ある意味、羞恥プレイだ!
アニシナが眉一つ動かさずにノートを読み進めていくので、本当に読んでいるのかと、コンラッドは疑ってしまった。
が、アニシナはノートに目を走らせながらはきはきとした口調でこう言った。
「小説ですね。それも妄想小説。内容は…概して言うなら『ユーリ陛下との愛と欲望の日々』と言った所でしょうか。それにしてもまあ、何といかがわしい」
「…」
もろにその通りなので、コンラッドは何も言えない。
「貴方が探しているノートは、この小説の続きですか?」
「ああ」
「そうですか。これで全部なのですか?」
「えっ…いや、まだあるにはあるが……まさか、全部出せと!?」
コンラッドは顔面蒼白になった。
「『さんぷる』が多い方が、より正確な『でーた』が取れますから」
「わ…分かった、取ってくる」
コンラッドはすぐにノートを3冊程持って、また戻って来た。
アニシナはそのノートを手に取ったが、表紙や背表紙を一目見て、何故か彼女は眉を潜めた。
「これで全部ですか?」
「あ、ああ」
「コンラート、嘘はいけませんね。私の目を欺けると思っているのですか」
アニシナは表紙に『No.2』と書かれたノートを取って、表紙をコンラッドに見せる。
「これで全部にしては、この2冊目のノート…少々古すぎますよ」
「う゛」
「もっとあるのでしょう?」
ほれ持ってらっしゃい、とでも言いたげにコンラッドを見上げるアニシナの目。
コンラッドは再度戻り、今度はごっそりと10数冊のノートを持って来た。
それをどさっとアニシナの机に置く。
が、彼女はじっとコンラッドを見上げた。
「…コンラート?」
「…」
またもやアニシナの部屋を出ていったコンラッドは、戻って来た時にはその両腕にどっさりとノートの山を抱えていた。
3度目の正直で、今度こそ全部のノートを持って来たのだった。
「よろしい」
自分の机に山と積み上げられた、コンラッドの妄想小説が記されたノート。
「よくもまあここまで書きためたものですね」
アニシナは感心する一方、内心ではノートの内容に胸を躍らせ、にやけそうになるのを必死で堪えていた。
「ではこれから魔動装置の完成作業を行います。色々と危険な作業現場になると思われますから、貴方はしばらく外で待っていなさい」
「分かった」
どう『色々と危険』なのか、コンラッドは分かっている為、その場に居合わせたいとは思わなかった。
「外で待っているよ。終わったら呼んでくれ」
「『でーた』の入力を行う際に、私から呼びに行きます」
コンラッドは落ち着かないようだったが、アニシナの予想以上に素直に部屋から出ていった。
アニシナはすぐさま隣室に駆け込むと、自分の数々の魔動装置を漁り始めた。元より『遺失物を探索する魔動装置』など、製作していない。そんなものはコンラッドの手前、適当な装置を引っ張り出してきて、適当にゴマ化してしまえば良いのだ。
「ありました…これですね」
彼女が引っ張り出したのは、ユーリがここにいたら『巨大なドラム型の洗濯機みたい』と形容するだろうフォルムをした装置であった。無論、洗濯機ではない。中に入れた物を、外見も性質もそっくりそのまま複製する装置なのだ。
元は貴重な実験材料を複製する為に製作したのだが、装置に魔力を充填させるのに時間がかかるので、一度使った後魔力を充填させたきり、使っていなかった。
だが、これが今、役に立つのだ。後で魔力を充填させなくてはならないが、そんな手間など、ノートの中身の価値に比べれば微々たるものである。
アニシナは急いでコンラッドが持って来たノートを全てその装置に入れ、作動させた。装置がものすごい音をたてて複製を開始している。
やがて、装置の後ろからノートの複製品がぽん、ぽん、と出てきた。
彼女は満足げにその光景を眺めていたが、複製作業が終わるまでの時間を利用して、例の3冊のノートを隠す事にした。
いかにもそれらしい魔動装置を出して、いかにもそれを使ってノートの在処を発見したかのように見せかける。その場所に行ってみれば、探していたノートがそこにある。ノートが見つかるのは当然である。彼女が隠したのだから。そういう寸法だ。
「さて、何処に隠したものでしょうか…」
隠した後、自分とコンラッドが探しに行く前に、誰かに先に見つけられるような事のない場所でなくてはならない。
「城の裏手にある茂みの中に隠しましょう」
グレタは城の裏手を歩いていた。
外で遊んでいる最中、とても可愛いネコを見かけたのである。だが、ここまできて見失ってしまった。
「ネコさーん、どこ?」
茂みを一つ一つかき分け、グレタはネコを探した。だが、するのは葉のこすれる音ばかりで、ネコの『めえ』という鳴き声は全く聞こえて来ない。
「…あれ?」
茂みの中に見慣れない物が落ちていたので、グレタはそれを拾った。
それは3冊のノートだった。
次へ
前へ
眞魔国の男は秘密がいっぱい(2)
私、これでも次男が結構好きなんですよ。信じて〜!
第1話の反応が恐ろしかったのですが、笑って下さる寛容な方々がいらっしゃって、安心致しました。
この話とはまた別に、もっと性格の壊れた次男のギャグ話の案を暖めているのですが、更に反応が恐ろしいので先にこっちの話を出しました。この分だと出しても大丈夫カナ? と思っています。
第1話の反応が恐ろしかったのですが、笑って下さる寛容な方々がいらっしゃって、安心致しました。
この話とはまた別に、もっと性格の壊れた次男のギャグ話の案を暖めているのですが、更に反応が恐ろしいので先にこっちの話を出しました。この分だと出しても大丈夫カナ? と思っています。