眞魔国の男は秘密がいっぱい(1)
「ちーっす」
ヨザックはある部屋の扉をノックした。それはコンラッドの私室の扉である。
「隊長、入りますよー?」
がちゃりとドアを開けて、そっと中を覗き込む。
部屋の主の見た目の印象そのままの、些か地味な雰囲気の部屋だ。
中に足を踏み入れて辺りを見回すヨザックだったが、コンラッドの姿は無かった。
「…ふむ」
急用がある訳ではない。気まぐれで顔を見に来てみただけだ。
さて…待つか、それとも去るか………。
「…ん? 何だこりゃ?」
机の上に置かれていた冊子に、ヨザックは目を留めた。表面がつるつるした2枚の厚紙で、薄い白い紙を数十枚程挟んで綴じてある。国内だけでなく国外ですら見かけない品だが、一体何処のものなのだろうか。
純粋な興味からヨザックは何となくそれを手に取り、ぺらりとめくって中身を見てみた。
薄い青の罫線を、三行ブチ抜きで使って書いている。
「…何じゃ、こりゃあ。きったねー字だな…」
あまりの汚さに、ヨザックはその内容を解読する事が出来なかった。なのですぐに彼は興味を失い、冊子を机に戻した。
ふと、入り口に顔を向ける。
…コンラッドが立っていた。
「あ、隊長」
「…ヨザ…」
コンラッドの唇は、戦慄いていた。
「…隊長?」
「…ヨザック、見たな?」
「え…」
「俺の秘密ノートを読んだな!? とぼけても無駄だぞ、今、見ていただろう!」
コンラッドのものすごい剣幕に、ヨザックは狼狽した。
「よ、読みましたけど。でも、何書いてあるかはさっぱり…」
見てしまった自分も自分だが、『秘密』の名のつく代物なら、机の上に無防備に置いておくべきではなかっただろうに。
「やっぱり読んだんだな…」
コンラッドがゆらりと一歩踏み出した。
ヨザックが一歩後ずさる。
「ヨザック…いくらお前でも許せない」
「え…あの、隊長、落ち着いて…」
「…覚悟は出来ているな?」
「!?」
ヨザックが声なき悲鳴を上げた。
「わ、ちょ、待てコンラート! 落ち着け! な? な?」
何とか交渉を試みるヨザックだったが、ゆっくりと彼に近づいてくるコンラートの背後には、暗雲が立ちこめている。
「い、いやあああー!!」
パニックのあまり、オネエ言葉でヨザックは悲鳴を上げた。窓を見つけ、ばっとそれに飛びついて開けると、ヨザックは脱兎の如く部屋から逃げた。
「あ、待てヨザック!! 俺の秘密ノートを見て、ただで済むと思っているのか!?」
コンラッドも窓から外へと飛び出し、幼馴染みを追走したのだった。



それから数十分間。
コンラッドの部屋はドアが全開状態にあった。
そこへ通りかかったのは、新しい魔動装置のアイデアを考えながら廊下を歩いていたアニシナであった。
「…おや、扉が開けっ放しではありませんか」
アニシナは遠慮なく部屋の中へと入り、扉を閉めた。
「コンラート、ドアが開けっ放しですよ」
だが、中は無人だった。
「扉も窓も開けっ放しで部屋を留守にするとは、何と不用心な。これだから男というものは…」
ブツブツと独り言を呟きながら、アニシナは無遠慮に部屋の中を観察した。
コンラッドの部屋をこうしてまじまじと見るのは、これが初めてであった。
じーっと眺めるうちに、机の上の冊子に目を留める。
「これは…私の造った『のぉとぶっく』の模造品ではありませんか」
ユーリの住む『地球』とやらで記録用に使われている冊子の一種だ。それを、アニシナが気に入って模造品を作ってみたのである。
それをユーリと三兄弟の『もにたあ』協力の元に製品化して売り出したのだが、どうやらコンラッドは購入者の1人らしい。結構古くて、使い込まれているようだ。
「何が書いてあるのでしょうか」
アニシナはこれまた無遠慮にノートを開いた。
三行ブチ抜きで、信じられない程汚い字で書き込まれたノート。
あまりの汚さにヨザックには読めなかったが、アニシナは簡単にそれを解読する事が出来た。自身の字が個性的な為に、他人の個性的な字も読めるのだ。
「…これは…」


「…今日はありがとな、コンラッド。助けてくれて」
ユーリは宿の寝台に腰掛けると、まず最初にそう言った。
「いきなり知らない奴らに拉致られて、一時はどうなる事かと思っちゃったよ」
「俺の寿命も縮みましたよ。間に合って本当に良かった」
俺がユーリの隣に座る。
「今度から、俺から離れたりしないで下さいね。一時でも」
「うん。でもさあ…どうすんの? 大丈夫なの?」
「何がです?」
「俺をさ…その、買い取る時に、結構スゴイ額のお金払ってたじゃん」
「貴方の身の無事には替えられませんからね」
ふと、頭に悪い考えが浮かんで、俺はユーリに顔を近づけた。
「俺は貴方を買い取ったんですよね」
「うん」
「じゃあ、今日だけ、俺は貴方のご主人様って事で」
「え…ご…主人様ぁ?」
「今日だけですから」
懐柔策として優しく諭すような口調になる。その実、欲望を抑えながら。
落ち着いた風を装いながら、俺はユーリを横たえた           



「…」
アニシナは目を丸くした。

これは、もしや…コンラートの書いた妄想小説ですか?

彼女は椅子を借りて座ると、次のページを躊躇いなくめくった。
どちらかというとコンラートは体育会系の部類に入ると思っていたアニシナだったが、あのギュンターの生徒だけあって、まともな文章を書いている。
だが、ギュンターと決定的に違う点がある。彼の陛下ラブラブ日記に比べて、内容が遥かにイヤラシイのだ。何処のページを見ても、お子さまには到底見せられないようなシーンばかりが書かれている。
「コンラートときたら…あんな飄々とした顔をして、その実、こんな事ばかり考えているのですね。全く、これだから男というものは…」
散々文句を言いつつも、アニシナはページをめくる事をやめない。
コンラッドのエロ根性に呆れ果てていた彼女だったが、…次第に、ノートを読む速度が速まっていった。
初めの1冊目を読み終わると、彼女は躊躇なく下の2冊目に手を伸ばした。
それを読み終わった後、3冊目を探して机の中をゴソゴソと漁る。
5冊目までは机の引き出しに入っていたが、6冊目からは無かった。
「つ、続きは…続きはないのですか!?」
続きを求めてアニシナは部屋中を漁りまくった。その目は完全に、コンラッドの妄想小説に魅せられてしまっていた。
恐ろしい程の執念で何とか部屋の中から3冊のノートを見つけだしたアニシナだったが、廊下を、誰かが歩いてくるのが聞こえた。
そして、その足音の主が独り言を呟いているのも。その声は間違いなくコンラッドその人だった。
「!」
アニシナは未読の妄想小説3冊を抱えて、部屋を見回した。
開けっ放しの窓がある。
彼女はコンラッドの完全な私物であるノート3冊を持って、そこから逃げ出した。散らかした部屋を整頓する時間はなかった。
間一髪、彼女の赤いポニーテールが見えなくなった直後に、コンラッドは荒々しく扉を開けて部屋へと戻ってきた。怒りの余り、後ろ手でドアを閉める勢いも乱暴だった。
「全く、ヨザックの奴、今度見つけたらただじゃ……って…」
コンラッドは自室の異変に気づいた。
…やたらと物が床に散乱している。椅子が倒れ、机の引き出しは中途半端に開いたまま。何故か寝台までひっくり返されている。

…ヨザックを追いかけた時に散らかした?
…いや、違う。だからって、引き出しまで開いている筈がないだろう。

机の上の物の配置も、部屋を出る前とは少しずれている気がした。
引き出しを覗くと、中に入れて置いた秘密ノートが、上下逆に入っている。
コンラッドは顔面蒼白になった。
…確か、ヨザックを追いかけていった時、自分は部屋のドアを開けっ放しにしたままだった。
あの後、自分がこうして帰ってくるまでの間に、誰かがこの部屋へ入って来たのだ!
そればかりではない。その人物は…自分の秘密ノートを見た可能性がある。あの、自分とユーリの妄想小説を…!
「…!」
コンラッドは部屋に鍵をかけなかった自分の過失を呪った。
だが後悔して煩悶懊悩している場合ではない事に気づいた。一刻も早くノートを回収しなくてはならない。
そして…自分の部屋へ入り、あまつさえ秘密ノートを持ち去った不逞の輩に、生まれてきた事を後悔するような制裁を加えるのだ…。
…ひょっとしたら、既に複数の人間にあのノートが目撃されているかもしれない。
だが、それならそれで、ノートを見た全員を始末するのみだ。
次第に冷静さを取り戻してきた頭で、コンラッドは秘密ノートを探し出す最善策を考え始めた。



アニシナの実験室は珍しくひっそりと静まりかえっていた。ただ、鍋でグツグツと毒が煮えている音がするのみである。そこから発する異様な匂いが、部屋中に充満していた。
アニシナは時折鍋の様子を確認しながら、椅子に座って例の秘密ノートを読み耽っていた。
しばらくして1冊読み終わると、ノートを閉じて、彼女は叫んだ。
「…くっ…何という事でしょう。続きが気になりすぎて、これでは実験が出来ないではありませんかっ!」
そして彼女はいそいそと次のノートを開こうとした。
その時、隣の部屋のドアを誰かがノックしたのに、彼女は気づいた。
脛に傷持つ身のせいか、過剰なまでに驚いてしまったアニシナだったが、一瞬で落ち着きを取り戻す。

……どなたか知りませんが、無粋な方がいるものですね。これから2人がしっぽりと秘密の温泉旅行に赴く所だというのに…!

折しもイイ場面を読もうとしていた所を邪魔され、ふつふつとアニシナの心には怒りが湧く。怒りが、彼女に冷静さを取り戻させた。
急いで彼女はノートを隠すと、普段の表情を作って、隣の部屋へと出ていった。

次へ
またしても身内とのおバカ話で生まれたギャグです。
えーとぉ………そこのアナタ、怒ってますか? 次男をこんなんにしてしまって。
だから軽ーい気持ちで読むギャグなんですってば。どうか怒らないでください…。
ちなみに挿入されている小説の内容は…えー…あんまり気にしないように。