翌日。
『魔王陛下は美少年がお好き!?』
「って…何じゃあ、こりゃあああああ!?」
正面玄関に貼られた校内新聞の1面の見出しを見て、ユーリは朝っぱらから絶叫した。
「ふん、陳腐だがまあまあ的確な見出しだな」
いつの間にやら隣にいたヴォルフラムが言った。満足げなのは何故だろうか…。
「これで君達2人は、誰もが認める公認カップル、って事になったね」
傍らのムラケンが笑顔でサラリと言った。
「認めるなよ! おれはイヤだよ! そもそも男同士だろ、おれ達!!」
「どうして嫌がるんだユーリ!! 大体元はといえば、お前が僕に視線で熱烈な愛を告げて来たんだろう!?」
「はぁ!?」
とんでもない曲解である。
これから不用意に外車に乗っている美少年と目線を合わせないようにしよう、と、ユーリは心に誓った。でないと、取り返しのつかない事態を招きかねない。
「おっ、渋谷じゃん。朝からフーフゲンカかぁ?」
明るく揶揄して通り過ぎていくクラスメイト達。男同士だから、やはり『夫夫喧嘩』と書くのだろうか…いや、それどころの問題ではない。
…既に取り返しのつかない事態になってしまっているような気がする。
これからの3年間の高校生活で、ユーリに彼女が出来る可能性は失われたも同然になってしまった。
そしてその日の昼休み、2人は揃って面談室に呼び出された。
「…まぁね、我が校は開校以来、生徒の自主性を尊重している。しかしだ、渋谷君。仮にも学生の身、それも男同士で婚約…というのは、ちょっとねぇ…」
つんつんと机を指先でつつきながら、生徒指導の教師は言った。こういう非行の事例を聞いた事がないのか、やや落ち着きがない。
「こ、ここ婚約ぅ!?」
ユーリは思わず椅子から立ち上がった。
「ちょっと待って下さいよ先生っ! 誰と誰が婚約って言いました!?」
「僕とお前に決まっているだろう」
ヴォルフラムは対照的に動ずる事なく、優然とした態度でそう言い放つ、きっぱりと。
「ちょっ、なっ、いっ、一体おれの知らない所で、どう話が進んでるんだよっ!?」
「まあ…あくまで噂だが、それによると君達は既に婚約し、人目を忍んで逢瀬を重ねる仲だとか…」
物慣れた教師も、流石に後半の部分は眼鏡を直しながら言い淀んでいた。何故赤面しているのかはあまり考えたくない。
「オウセ!?」
逢瀬と言ったらアレですか!? 男と女がこっそり会っちゃう、ランデブーってヤツ!? あれ、古語では何て言うんだっけ…じゃなくて!
「そんなバカな! ありえないでしょう!」
いくら自分がモテない歴15年でヴォルフラムが超美少年でも、血迷って男とデキたりはしないとユーリは言い切れる。
「何だとユーリ、僕では不満なのか! お前を満足させる事が出来ないとでも!?」
「満足って…」
あまりに生々しい言葉に、ユーリのみならず教師までもが目眩を感じた。
ユーリは焦った。これでは誤解を解くどころか、益々煽ってしまうだけだ。休学、もしくは最悪の場合、退学にもなりかねない。
不意にドアが開いた。
開けたのはギュンターだった。麗しい髪が多少乱れ、息を切らしている。
「ギュンター先生」
思わぬ人物の登場に、ユーリは目を丸くした。確か、ギュンターは昨日から出張中だと聞いたのだが。
「話は職員室で一通り聞きました」
どうやら出張から帰ったばかりの様であった。
ギュンターはつかつかと速い足取りで中に入ってくると、ユーリの後ろに立ってこう言った。
「渋谷君は噂にあるようなふしだらな行いに及ぶ生徒ではありません。気さくで何事にも直向きなよい子です!」
そして、ユーリの肩に手を置いた。
「ご心配には及びません、陛下。私は陛下を信じておりますよ」
「ギュンター先生…」
くそっ、感動して涙が出てくらぁ!
「このような場所で彼が尋問される言われはありません。さ、参りましょう陛下」
そう言うなりギュンターはユーリの背中を押し、入り口まで連れて行く。
「ギュ、ギュンター先…」
ギュンターは生徒指導を一睨みで萎縮させた。
「では、失礼します」
ばたん、とドアが閉まった。
「あっ…こら! 待てギュンター!」
ヴォルフラムは慌ててその後を追いかけた。
ギュンターはユーリを引きずるようにして、近くの音楽準備室へと連れて行った。ドアをきっちり閉めて鍵まで掛ける。中は楽器類がごちゃごちゃと置かれていた。
「あ、ありがとう先生、おれをかばってくれて…」
ギュンターがユーリを振り返り、無言でその両肩をがしっと掴んだ。
「へ?」
突如、滂沱としてギュンターの目から涙が流れ出した。
「陛下! 陛下陛下陛下っ! どういう事なのですか、ヴォルフラムに身体を許されたのですかっ!?」
「は!? あ…あんたさっき、おれの事信じるって言ってただろ!?」
「先程は他の教師の手前、あのような事を申し上げましたが…」
…おれの心の涙を返せ、と、ユーリは叫びたくなった。
「しかし…陛下はあまりにお可愛らしい上、ヴォルフラムはあの器量。彼のわがままプーな性格から考えても、陛下が強引に押し切られてしまう可能性も少なくないと思いましたもので…」
押し切られて…その先どうなるのか、それはあまり考えたくなかった。
それにしてもギュンターはいやにヴォルフラムの性格に詳しいように思われた。名前も呼び捨てだし。
「陛下、どうなのですか。ままま、まさかっ…」
「ないない。ヴォルフラムとはそんなんじゃないよ、おれの知らない内にすごい噂が流れちゃったけどさ」
「そうですか…それを聞いて安心致しました」
「…なあ…ギュンター先生」
『ヴォルフラムと仲良いの?』とユーリは尋ねようとしたのだが、それを遮るように、。
「どうか、『ギュンター』とお呼び下さい」
と、ギュンターは胸に手を当てて優雅に礼をしながら、そう申し出てきた。
「えっ、それはちょっと…まずいですよ、だって生徒と教師だもん」
「コンラートの事は呼び捨てになさっていたではありませんか」
「いや、それは相手がコンラッドだったからであって…」
「陛下…私の事がお嫌いなのですか?」
ギュンターの双眸から再びハラハラと涙が滴り落ち始める。ずびっと鼻水をすする音まで。ユーリは思わず引いた。
「わ、わかったよ。…ギュンター」
呼び捨てにされた歓喜のあまりギュンターはクラッとよろめき、古いピアノにしがみついた。
「ああ…何という喜びでしょう…」
両手を胸の前で組み合わせて瞼を閉じ、じーんと感動に浸っているギュンターの姿は、教会で祈りを捧げているかのようだ。
「……あ、あのさ、先生、ヴォルフラムと仲いいの? あいつの事よく知ってるみたいだけれど」
「ヴォルフラム? はい、昔から存じております。彼は…」
そこまで言いかけた所で、始業の鐘が鳴った。昼休みが終わったのだ。
「うわ、やばっ!」
ギュンターから答えを聞き終わらないままに、ユーリは慌てて教室へと舞い戻ったのだった。
その日の放課後、帰りにユーリはムラケンと2人でコンビニに寄った。残念ながら目当ての雑誌はなく、仕方なく収穫ゼロで店を出た。
商店街から外れて住宅街へと入る。
「そういや村田、お前のクラス、英1の小テストやった?」
「うん、ちょうど今日やったよ」
「マジ!? 早いなあ…ん?」
公園の前でユーリは立ち止まった。
見覚えのある青い車体の外車が見える。コンラッドの車のように思われた。よくよく見ると、やはりそうだ。
しかしユーリは駆け寄らなかった。助手席に若い女性、ただしコンラッドより2歳か3歳は年上の女性がいたからだ。無論、ユーリの知らない顔だった。
「渋谷、どうしたんだい?」
ムラケンの声は耳に入っていなかった。
女性の方が多弁で、コンラッドはそれに少しだけ返答しているようだった。コンラッドは薄く笑っているが、女性の方は段々表情に不機嫌さを露わにしてくる。痴話喧嘩だろうかとも思ったが、少し違うようだ。
コンラッドが何かを一言、口にした。それが女性の顔から笑顔を消した。車から降りると不愉快そうな、失望したような足取りで住宅街へと向かう。コンラッドの方はそれを見送らずに車を発進させた。
それはたった1分間ほどの間の展開だった。
翌日の放課後、練習中にコンラッドが来た。
練習開始前には車の姿はなかったが、練習中にふとユーリが顔を上げると車がいつもの場所に停まっており、運転席の窓が開いてドライバーが顔を出している。コンラッドだ。
ユーリはメンバーに断って練習から一時的に抜け、道路へと階段を駆け上がった。一段ごとの面積が小さくて駆け上がりにくい。
「コンラッド!」
高らかに名前を呼ぶと、コンラッドが車から降りた。
「来てたんだ。元気だった?」
「この通り。ユーリも元気そうだね。ギュンターは?」
「相変わらずだよ」
「今日は…気のせいか、いつもより練習に気合いが入ってるように見えるけれど…」
「今週末、他校の野球同好会と試合やる事になったんだ。急な話だけど、今からでも頑張れば十分いけると思う」
「今週のいつ?」
「土曜日」
「何時から?」
「10時ジャストに試合開始。でも何で?」
「特に予定もないから観に行こうかなぁ、と。ユーリも出るんだろう?」
「うん、多分」
「そう言えば…ユーリ、昨日あっちの方にある小さい公園…名前知らないんだけれど、青いブランコのある…あそこを通った?」
「うん。…あっ、おれの事気づいてたの?」
「何だ、ユーリも気づいていたんだ。発進直後にちらっと人影が見えて、後で、ひょっとしてユーリだったんじゃないかと思って…」
「そっか。…あ、コンラッド。一緒にいた人…彼女?」
野暮な質問ながらやはり気になって、ユーリは尋ねてみた。コンラッドが年上好みだとしたら、それは少々意外だ。
コンラッドはやや不快な気分になったが、女性と2人で行動するのを目撃される度に人からそういう質問を受けるので、今更あからさまに腹を立てる程の事でもない。それでもユーリとの会話の中に、無関心な女性の話は出てきてほしくなかった。
「違うよ、ただの職場の知り合い。送ってほしいと頼まれたから乗せて行っただけ」
しつこく自宅に寄っていけと迫ってきたが、一度突っぱねた以上、おそらく二度目はないだろう。
「なんだ。でも、やっぱ、あんたぐらいカッコいいと、女の人の方が放っとかないよな」
女性の方から勝手に寄って来られるのがどういう気分なのか、モテない歴15年のユーリには想像もつかない。迫られなくてもいいから、一生に一度は送迎を頼まれてみたい。それが駄目なら、せめて本命チョコ。
「でも、コンラッドって本当に彼女いないの?」
「いないよ、本当に」
なら、尚更女性が寄って来るだろうな…と、ユーリは思った。
「ユーリは?」
「おれ? いる訳ないじゃん」
もしいたら、その相手に『私と野球とどっちが好きなのっ!?』と言われそうだ。…想像すると、返答に困る。
「渋谷ー! 何やってんだよ、早く来いよー!!」
仲間の1人がぶんぶん手を振ってユーリを呼んでいた。
「今行くー!」
それからユーリはコンラッドに短く別れを言って、練習に戻った。
ユーリと話していると、気持ちが晴れる。
この関心は、そこから来ているのかもしれない。
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ディモルフォセカをくれた君(5)
この辺からそろそろコンユモードです、私の中では。
それにしても敬語じゃないコンユって…ちょっと楽しさ半減って感じで寂しいです。
それにしても敬語じゃないコンユって…ちょっと楽しさ半減って感じで寂しいです。