ディモルフォセカをくれた君(21)
最初はただ、こそばゆい感覚しか与えられていないように思われた。
だが、それを現実味を加えて想像したり、実際に目を開いて見ていると、稚拙な感覚が強い快感に変わっていく。
ユーリにとって今、視覚はかなり重要なものになっていた。
「…何? ユーリ」
いつも通りのようでいて、しかし何処か甘ったるい、コンラッドの微笑。
「…おれ、さ…変な声、出してない? 何か、そんな気がして…」
そう言うと、コンラッドが唇を笑みで更に歪めた。

可愛い事を言う。

「変じゃないよ」
コンラッドはそう言ってユーリの腕に口唇を当てるのだが、その行為をユーリはとても見ていられない。
変ではない、と相手は言うが、本人にはとてもそうは思えなくて、ユーリの手は自然と己の口元にいく。。
だが、その手はコンラッドに取られた。
「抑えなくても大丈夫だから」
他と比べて特別新しくも高くもないマンションではあるが、隣の住人に物音が聞こえるような造りではない。この場の一切は、この場にいるお互いだけのものだ。
「だって…」
何か言いかけたユーリの唇を自分のそれで塞いで、言葉を淫靡な感覚にすり替えるコンラッド。
まだ、ユーリは深い口づけに慣れていない。それゆえに反応は初々しくて、コンラッドの気分を高揚させてくれる。
「……好きだよ」
何かにつけてこう言う度に、ユーリには赤い顔で『どうしてそんなにあっさりと言えるんだ』と尋ねられるコンラッドだったが、決して簡単に言える文句ではない。すんなりと口から出てくるのは、愛おしいと思う時だ。
胸の頂にコンラッドの舌が絡むのを目にして、ユーリは緊張で身体を強ばらせたが、少し背中を反り返らせてしまったせいで、かえってそこへの刺激を乞うているかのような反応を見せてしまう。
コンラッドはといえば、そんなユーリを見下ろしながら、この身体が自分だけしか感じられないようになったらいいと思い、執拗な愛撫を繰り返す。自分でもしつこいなと思ったが、誰とも関係した事のないユーリの為に、敢えてそうした。
コンラッドが下腹で存在を示しているユーリの性器に視線を遣る。ユーリが何か言いかけたが、屹立する自分のものを見て、息を飲んだ。
「ユーリの、もうこんなになってるよ…?」
「っ…」
その恥ずかしい台詞や、作為的にいやらしい話し方そのものを、ユーリはやめて欲しかった。
「触っていい?」
と、口で尋ねつつも、既にコンラッドはユーリのそれに手を伸ばしている。
他人に扱かれる感触は初めてのものだ。自分でするよりも気持ち良いものだから、内心、悔しいくらいだとユーリは思う。
「あ…あ…っ……っ…」
「いい?」

そんな事、わざわざ訊かなくても解るくせに…。

ユーリと身体を繋ぎたいとコンラッドは思ったが、先にこのままユーリを追い上げてしまいたくなって、先走りの溢れる先端の裏を舐める。
「! コ、コンラッド!」
ユーリは抗議の声を上げたが、上目遣いのコンラッドの視線を受けた途端、ぐっと言葉に詰まってしまう。
口で自分の性器を愛撫され始めると、もう、文句を言う余裕は消し飛んだ。
「やばい…ホント、やばいって……コンラッド……」
それでもコンラッドは口での奉仕を止めなかった。
即座に達してしまいそうであったもの、ユーリはそれを堪えた。
辛かった。だがコンラッドの口に出してしまうのには、戸惑いや躊躇いがあったのだ。
「や…あ……いく……」
「…出していいよ…」
免罪符のようなその言葉がユーリの抱える困惑や躊躇を押し流して、高みに追いやってくれた。
頭の何処かでコンラッドに悪いと思いつつも、例えようもない解放感を味わい、一瞬だけ意識を手放しかける。
ユーリが息を整えながらうっすらと目を開けると、満足げな表情のコンラッドと目が合った。
「ごめん…」
「謝らなくていい。俺はユーリに、あのままいって欲しかったから」
「…なあ、飲んだ?」
何とも聞きにくい質問だった。
「勿論」
「ばっ…なっ、ホントに飲んだのか!?」
ユーリが顔を紅潮させて、がばっと起き上がる。
「うん」
コンラッドは何でもない事のように頷いた。
喉を通す液体としては大した量ではなかったが、とにかく苦かった。だが抵抗感はなかった。ユーリのものだと思ったせいだろう。
「でも、さ…まだ…入れてないのに、おれの方が先にいっちゃったな…」
「…入れてもいい?」
コンラッドが顔を近づけてそう頼んでくるのを、ユーリは断らなかった。断る理由はなかった。
ユーリはコンラッドに言われるままに、シーツの上に膝をついてうつ伏せになった。
「もう少し腰を上げて」

「っ…」
体勢が体勢なので、ユーリはそのまま悶絶死しそうな心地だった。
「コンラッド、早く…」
とっている体勢が恥ずかしいが為に口にした台詞と分かっていた。だが、それはまるで更に大きな快感を求めている台詞であるかのようであった。
自分の抑制がきかなくなりそうになるのを、コンラッドは抑えた。
「少しだけ待って」
「……何してんの…?」
何やらごそごそという物音をユーリは不審に思った。体勢をなるべく崩さないようにして後ろを覗くと、シーツの上に、中身も使途も不明な分包が1つ2つ3つ…見える。
「何、それ…」
「潤滑剤だよ」
「…は?」
「まあ、滑りを良くする為のものかな。最も、俺も使った事はないんだけれど…」
その名前からして中身も使途も、そしてコンラッドの説明で使用方法もユーリには推測出来た。
「…そんなモノをいつ何処で…?」
「さっき貴方がシャワーを浴びている間に、近所の薬局までひとっ走りして…」
売っているかどうかは半信半疑だったのだが。
ちなみに、近所には他にスーパーとコンビニとレンタルビデオ店もあるという環境の良さだ。
「そんなんっ…『これから急遽、する事になりました』って言ってるようなもんじゃん!」
「大丈夫大丈夫、あの店の主人、いつ行っても無口だから」
「うう…」
まあ、恥ずかしがるべきは買いに行ったコンラッドであって、自分が恥ずかしくなる事はないのかもしれない。
「入れるよ?」
ユーリは頷き、また、声にも出して了承した。
予想より痛みが少なかったのには安堵した。ただ、圧迫感が強くて、ユーリは四肢を硬くさせる。
「ユーリ…力を抜いて」
コンラッドはそう頼んだが、ユーリにあまり変化はなかった。手足から力を抜くのと同じようにはいかないらしかった。
「ん…」
背中に何かが触れる。
コンラッドの口づけだ。
そちらの方に感覚がいくらか向いたせいで、少しだけ力が抜けたので、コンラッドは身体を進めた。
ぴったりと背中に胸をくっつけられる位にまでなった所で、コンラッドはユーリの腹に手を伸ばして、抱きしめた。
「ユーリ、痛くない?」
「ううん…それはない…」
今、頭の中で想像している程には、コンラッドのものは大きくない。
だからまだ、圧迫感が強い。
「コンラッドは、どう?」
「うん…気持ちいいよ…動いていい?」
「ん、いいよ」
貫かれる度にユーリが感じるのは、痛みでもなければ快感でもなく、圧迫感の移動だけだった。
ユーリが自分と違って特別気持ちいいと思っていない事は、コンラッドにもすぐに分かった。
どうしたら彼とこの強い快楽を共有出来るのだろうかと思って、ユーリの感じる所を模索してみる。
すると、唐突にユーリが妙な声を上げた。
「ここがいい?」
「っう…あっ…ああ…!」
ユーリは率直な反応を示した。
自分で慰める時のものとは異なる快さにしがみつく。つい先刻達したばかりなのに、自分でも早すぎるだろうと思いつつも、どうにもならなくて、急に上昇していく。
首の後ろでコンラッドの小さい呻き声をユーリは聞いた。余裕のない声色だった。どんな表情をしているのだろうと頭の中で思い浮かべつつ、ユーリはもっと大きな声を上げていた。
意識が白くなる瞬間、互いに相手が何か言った事は解ったが、その内容までは殆ど解らなかった。


息を吐いた。続けて大きく吸って、呼吸を整える。
背後にぴったりと覆いかぶさるコンラッドの胸が熱くて汗ばんでいるのをユーリは感じた。汗を浮かべているのは自分の背中かもしれないが、どちらのものなのか分からない。心の方も身体の方も一杯な感じで、互いに言葉が出なかった。
「コンラッド…さっき…何か言った…?」
「何でもないよ」
中に出してもいいかと尋ねかけたのだが、最後まで言い終わる事が出来なかった。
ユーリには自分の性器に触れずに達した経験がなかった。だから、今も殆ど達したという実感が湧いて来なかった。そろりと自分の下半身に目を向けて、どうなっているか確かめてみる。どろりとした液体が先端から溢れ、真っ白いシーツに染みていた。
行為の最中はずっと苦しいと思っていた気もするが、そればかりではなかったらしい。そういえば、色々と変な声も上げていた気がする。
違う、とても気持ちよかった。
「ごめん…コンラッド。シーツ、汚した…」
「ん…何だって?」
「シーツ汚したって言ってんの」
「ああ…いいよ、別に」
べったりとくっついたまま離れないコンラッドの身体は、はっきり言って、暑くて重い。
けれども、ユーリももう少しの間だけ、一つのままでいたかった。
暫時のちに起き上がったユーリが突然激痛に声を上げたので、コンラッドは驚いた。
「あっ、つー……こ、腰がちょっと………」
「ごめんね、無理させ過ぎたかな」
さすられても痛みは和らがなかったが、精神的には幾らか楽になった。
「しばらく横になってるといいよ」
その前にコンラッドはユーリの頼みでシーツを替えた。汚してしまった方を洗面所に持って行くついでに、床からユーリのワイシャツを拾って持って行く。その事にユーリは気づかず、新しいシーツの上で横になろうとしたが、裸のままでは肩を冷やす虞があった。
「…あれ? コンラッド…おれのワイシャツ、どこ? 何でか無いんだけど」
洗面所から戻ってきたコンラッドの手は、空だった。
「……あっ…ごめん、今さっき、うっかり洗濯機に入れた気がするな」
という事は、今、洗面所で動き始めている機械の中にある訳で。
「何ー!? それじゃあおれは何着てりゃいいんだよ!」
「俺の服で良ければ」
と、妙に素早くコンラッドは自分の服を持ってきた。ただの青いチェックのシャツだが、青色の具合はユーリの好みに合っている。
「洗濯が終わったらすぐ乾燥機にかけるから、それまではゆっくり休んでいて。帰りは送るから」
「…」
本当に『うっかり』洗濯してしまったのだろうか?
実は故意にそうしたのではないか…ユーリはそんな懸念を抱いてしまう。
再度横になったコンラッドが、ユーリのすぐ傍で
シーツの上に肘をついて、疲れている恋人の仰向けの顔を見下ろす。
「何?」
「ん? はっきりついたなぁって…ここに」
首筋の一点をつん、と指さす。
「キスした痕」
ユーリの顔に朱が上った。
「大丈夫、制服着たら見えないよ」
「でも、Tシャツ着たら…?」
「ああ…それは見えるかも」
「……………まあ…いいけどさ」
許すのには、かなりの忍耐が必要だった。
「1つだけだろ? なら、見られてもどうにかごまかせるよな…多分」
コンラッドはそれに対して、ただ、優しい笑みを返した。
「…なあ、もう少しそっちに行ってもいい?」
返答はユーリの肩を抱き寄せる事でなされた。
互いに、初めて身体を重ねた事に対する感想を述べる。どちらも似たようなものだった。
ユーリの方からコンラッドの方にすり寄ってきたので、コンラッドは自分の腕を貸した。それにユーリが頭を乗せる。腕まくらだ。
まさか、される方になるとはなあ…と、ユーリは心の中で呟いた。
「ユーリ」
「?」
「俺と野球と、どっちが大事?」
困らせる質問だろうと解っていながら敢えて尋ねてみたコンラッドだったが、決してユーリを困らせたい訳ではない。
だが、ユーリはひどく困って悩んでしまった。彼のモテない歴15年という記録の中で、その質問の重要性は大きい。
「って言われてもさ…大事なものに順番なんて付けらんないよ」
それで納得しなかった女の子はユーリを振っていった。
が、コンラッドはその返答で満足した。野球への熱意に負けない程に自分を想ってくれている事を、直接ユーリ本人の口から聞けた事が嬉しかった。

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久しぶりに「えっちを書こう」という意識を思って、つまり、えっちさをメインにして話を書きました。数年振りの事なので大変でした。
前半部は変にラブくて、書いてて悶絶しそうになりました。ゆーちゃんがオトメだし。後半で次男にエロ根性を出させなかったら、おそらくそのまま私は息絶えていた事でしょう。
…何っつーか、何でこう、えっちくならないのでしょうか。本当に自分のウデの無さが憎いです。用語(笑)の表現については、敢えてそのまま直にしてみました。そうした方が、かえってこの話に合うような気がしたので。
「お初は正常位だ!」というのが身内の一致した意見だったのですが、今回、敢えて後ろからにしたのは、「シーツを汚したかったから」です。それだけ。…バカです、自分。