I promise, eternally.(1)
兄上、と呼び始めたのはいつ頃だっただろうか。


確か、本当にごく小さい頃は互いに呼び捨て。「エフラム」「エイリーク」だった。
そのうち、父母から言われて「おにいさま」。そしてもう少しして、「兄上」に。

でも、変わったのは呼び名だけ。





双子の片割れ、もう一人の自分。












それは、一番近いひと。


















「…持てるか?」
兄から手渡された剣をしっかり握り、エイリークは切っ先を上に上げてみた。細めの剣だ。だが、それでもエイリークにとってはずっしりと持ち重りがした。
エフラムが妹の細腕に苦笑して他の剣を探して辺りを見回す。その剣でよいかと聞かずとも、エイリークの手が震えている事で重すぎると解る。
「もういい、下ろせ。…それでも重いなら、さて…何がいいか」
二人がいるのは、ルネス王室の宝物庫だった。エイリークが剣を習いたいと言うので、父の許可を得て彼女に向く剣を探しに来たのである。練習なので、エフラムは最初木剣を用いて指導を行った。が、同じ大きさの剣を妹が木剣と同様に扱えるだろうか…と考えると、即座に肯定は出来なかった。何せ自分は男だ。女の力がどれ程弱くて強いのか、想像もつかない。
「あ…兄上、ここの剣でなくとも私は良いのですが…」
「ある物を使えばいいだろう。取って置いたって、下手をすれば錆びるだけだ」
とは言うものの、宝物庫にあるだけあって、実用性に欠けている武器が多い。異様に巨大な斧があったが、どう考えても飾り物だろう。
「ここに無ければ、城の武器庫を見てみるか」
武器庫は少し埃っぽい部屋だった。暗くて寒い。殆ど日が差さず、昼間なのに、夕方のように感じる。
エフラムは壁に掛けられた細身の剣を幾つか取って、エイリークに振らせてみた。その中にレイピアがあった。作りは至ってシンプルだったが、飾りとして長い装飾紐がついている。
「こいつが良さそうだな。この紐は邪魔だから、後で切るぞ」
「はい」
だが、エフラムはレイピアの扱い方など知らない。だが『切る』特徴がない以外は普通の剣と同じだろう等と、些か適当且つ安易すぎる考えのまま、それを持って宝物庫を後にした。

「お前が剣を習いたいなどと言うとは思わなかった。父上も大層驚かれていたぞ」
「そうですか。父上は…何か?」
「まあ、反対はなさらなかった。だが『あまり厳しくするな』と俺に仰られた」
エフラムは苦笑した。先日の父の、『エイリークが剣を習いたいと言っているのですが』と口にした時の表情を思い出していた。自分が傭兵になりたいと言った時の顔つきに似ていた。
「いいえ。兄上、やる限りは手加減なしでお願いします」
エイリークははっきり告げた。内心、当たり前だとエフラムは思う。妹が習いたいと言っているのはお遊びや教養だけの為の剣術ではない。れっきとした実戦剣術だ。実戦に手加減はない。なら、その練習で手加減がないのも道理だ。
「よし、良く言った。なら本気で行くぞ、音を上げるなよ」










エフラムは成長するにつれ、また父の身体が病で悪くなるにつれ、次第に戦場へ出るようになっていた。エイリークは王都でそれを見送り、兄の帰還を迎える。
その間の気分は…少しだけ恐ろしかった。理由もなく恐ろしかった。兄の具体的な危機を想像しうるような状況ならば、城にとても居たたまれなかったかもしれない。幸いにして兄が戦場へ出るのは山賊団の鎮圧などだった。
エフラムの無事な帰還を疑った事はない。だがそれと、この激しい憂慮は全く別のものだ。理由はないのだ。

「お前は俺が守ってやる。それが俺の役目だ」

エフラムは自分を守ると言う。そう言われる度に歓喜と安堵と不安とが、頭の後ろで錯綜する。
兄の役目がそれならば、自分が負うべき役目はないのか。人に守られてばかりいても、それでは守られているのは自分の身体だけではないか。
父を失う事を考えると、母を病で亡くした時と同じ、胸を切り裂かれたような痛みを心の内奥に感じる。だが兄を失う事を考えると、身体の中が半分空虚になり、魂が欠けるような気がする。何故か、自分の存在意義が無くなるような気さえする。

分かってください。
…兄上に守られてばかりでは、私の心は曇ったままなのだと。






「っ…今日は、これで終わりだ」
「はい、兄上、ありがとうございます」
上がった息を整えながら、エイリークは丁寧に礼を述べた。
「お前は筋がいい」
エフラムが微笑んで言った。こうして笑顔を見せるのはどんどん稀になってきた。どうも、歳を重ねるごとに無愛想になってきてしまう。それでもエイリークの前では笑顔になれるのは、二人でいると、子供っぽくなってしまうせいだと思う。
「そうなのですか?」
「ああ、多分な。俺は剣士じゃないからはっきり言えないが」
そう言いながら、エフラムは汗で額にはりついた髪を手でのける。
夏の暑い最中、外で剣の訓練。父が昨夜心配してあれこれ言ってきたのも無理はないなと、エフラムは心の中で苦笑した。
父は、エイリークを深窓の姫として慎ましやかに育ててきた。幼少のみぎりの彼女は利発だったが、だんだん大人しくなってきた。かえって、王器たる人間として誇り高く育てようとした息子の方が、やや行動的すぎる息子になってしまった事に少し困惑しているようでもあった。小さい頃に夕食の席で『大陸一の槍使いになりたい』などと堂々口にしてしまった時の父の驚きようを良く覚えている。あの時、父はエフラムの言葉を子供のささやかな冗談の類で済ましたが、実は本気だったのだと言ったらどうするだろうか。
「馬術も始めるそうだな」
「え?」
レイピアを鞘に収めていたエイリークが少しの驚きの色を見せつつ、その顔を上げた。
「はい。でも何故それを…?昨日、父上に申し上げて許可をいただいたばかりなのに」
「父上は、お前が俺に感化されておてんばになってしまったらどうしようとお思いらしい。それはないだろうと一応俺から申し上げておいたが、ただでさえ色気もないのに、この上ガサツになったら本当に嫁の貰い手がないぞ」
「あ、兄上…!」
顔を赤くして幼く怒る妹の態度に笑みをこぼし、エフラムは早々に室内に戻るべく踵を返した。
時刻を告げる鐘が鳴る。この後は兵学の時間だ。エフラムが少し顔を上げて記憶を辿る。
「兄上、次は兵学のお時間では?」
「あ、そう言えばそうだったな。急ぐか」
少し小走りになったエフラムの後を、エイリークが追う。小さい背中だ。
昔、一時期エイリークの方が自分より背が高い時期があった。それで自分は一生背が伸びないままなのではないかと悩んだ事があった。周囲によると子供はそういう、同年齢なら最初に女の方が成長が早いらしい。確かにその後自分の方が背が伸びてきたし、今も伸びている。
兄妹の違い、のようなものがはっきりと見られ始めたのは、九か十歳頃からだった。ちょうどエイリークがそれまでの諸学問に加え、淑女らしく舞踊や詩読などを習い始めた頃である。対するエフラムは、武術に加えて兵学を。二人の間の共通事項『何をするにも一緒』が、崩れ始めた頃だった。
エフラムは訓練に使用した武器を片づけた。あまり急いでいないが、授業に遅れはしないだろう。兵学の授業に全く興味がないとは言わないが、どうしても妹といる時間が一番楽しい。
話の合う知り合いはいる事はいるが、エイリークは別だ。一番一緒にいて楽しいと思うのがエイリークだった。小さい頃から殆ど始終一緒にいるせいか、エフラムには友人がいなかった。エイリークもエフラムにくっついていたので友人は実はあまりいない。ただし、二人の共通の幼なじみ・グラドのリオン皇子がいる。
だが、それ程仲が良くても男と女という違いのせいで、同じ習い事をする訳にもいかない。歌や楽器を自分がやるかと思うと、エフラムはぞっとし、次に笑いがこみあげてくる。
『詩は面白いから読んでみればいい』と言ったのはリオン皇子だった。同性の幼なじみの言葉に従い、一度詩集なるものを読んだが…。
「さっぱり分からん」
エイリークに詩集を返す際、そう感想を述べた。
案外、双子は嗜好までは共通していない。食べ物の好みなら似るかもしれないが、それは育った環境が同じだからだろう。
考え方も全く同じではなく、ただし、全く相反している訳でもなく。
「兄上はそう仰るだろうと思いました。私は、詩はそれなりに好きなんですけれど」
だからこそ、互いに相手の考え方を良く理解している。

















一番近い。













































一番遠い。





























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2007/02/15:加筆修正。