石畳の犬(3)
エメクの外套は、聖堂の長椅子の間に落ちていた。メロダークが起きたとき、そうと気づかず起き上がったせいで滑り落ちてしまったのだろう。申し訳ないと思いながらそれを拾い、薄暗がりでは分からないが一応土埃も払い落とした。それからエメクの部屋へと取って返す。
エメクはコートを受け取ると、それを長持の上に畳んで置いてから椅子に腰を下ろした。椅子は食堂から借りてきたらしい。
「座れよ」
そう言ってエメクは下を指さした。そこにメロダークの分の椅子などなく、石床が敷かれているのみだ。
「そこに座ればいいのか」
「椅子が要るんなら、自分でどっかから持ってきな」
「……いや、ここでいい」
メロダークは石床の上に胡座をかいて座った。冷たい床やら地べたやらの上に座るくらい、どうという事も無い。それよりも、エメクを少しでも待たせる方が良くないと考えた為だった。先程からのエメクの言動が、いやに高圧的であるのも気に掛かっていた。
エメクは椅子を動かしてメロダークの正面に陣取った。俯くメロダークの視界に、エメクの両足がどんと投げ出される。何となく、蹴り上げられたら痛いだろうなという発想が頭に浮かんだ。
「――昨晩のことだけれども、何であんなことしたんだい」
直截に話を切り出された。話題の予想はついていたが、いざ尋ねられるとメロダークは即座に返事することが出来なかった。理由をありのまま話した結果の、エメクの反応が恐ろしかった。
「あんた、夕べの俺の話、聞こえてたよな。俺は駄目だ、やめろって散々言ったね。理由も話した筈だ。なのに、何で俺の言うこと聞かなかった? 理由を言えよ。なんかあるんだろ」
「……それは……」
尚も言い澱むメロダークの脛を、エメクが靴の先で小突いた。彼にこんな事をされるのは初めてだったが、話を急かしているのは理解出来た。
「……お前の嫌がることがしたかった。そうして……それでもなお、お前に許されたいと……そんなことを、思っていた……」
口に出して改めて、己の言い分に反吐が出そうになる。エメクの反応が恐ろしくて、とても顔を上げることが出来ない。俯いた視界の中に映るエメクの足が、いつ自分の顔面を蹴り上げてもおかしくないとさえ思われた。蹴るなり踏むなりいくらでもしてくれて構わない、だから――。
「そんな事だろうと思ったよ」
「……何だと?」
驚きのあまり、メロダークは顔を上げた。冷静なエメクの視線がこちらを見下ろしていた。腕を組み、メロダークの脛をぐいぐいと踏みながら、彼は淡々と語り続ける。
「前々から思っていたんだけれども、あんたの俺に対する『信仰』って、普通の信仰とは違うと思うんだよ。俺は好きで神官やってるけど、あんたの方は一人では何も出来ないから、たまたまあんたを助けた俺に寄りかかってるんだろ」
「そんな事は……」
ない、と言えるのか。自問自答すると答えに詰まった。昨晩のエメクの言葉が脳裏に蘇る。メロダークの切実な要求を、彼は虚言だと切って捨てた。あの時反論出来なかった理由が、まさにこれなのではないだろうか。
「あんたは都合のいい相手に寄りかかる為に、信仰だの忠誠だのと最もらしい名目をつけてるだけなんだよ。もっと都合のいい相手が見つかったら、すぐにそっちに乗り換えるだろうさ……だから、俺はあんたの信仰心や忠誠心なんて信じてない。夕べ、はっきりそう感じたんだ。それでも俺は、あんたが救いを得られればいいと思ってたんだけどね……それもあんた自身が台無しにしてくれたっけね。あんたの都合で、俺の信仰心まで踏みにじってくれてさ。そりゃあ、こう言うのも何だが、女神は俺が貞潔の誓いを破ろうとも、寛容にお許しになられるだろうよ。けど俺自身が、女神に対して申し訳ないと思わずにいられないんだよ」
脳天から太い杭を打ち込まれたような衝撃を感じた。全身が重く、まるで石床に縫い止められたように動かない。
エメクの言葉の全てを受け入れることは出来かねた。彼の言う通り、依存出来れば誰でも良かったとは自分でも思えなかった。だが、それは違うと言い切れるほど、メロダークは己に自信が持てなかった。
嘘でも言い繕わなければ、ここで見捨てられる。だが、そんな粗末な嘘が見抜かれない筈がない。
「――でも、俺はあんたを許すよ」
そう言いながら、エメクの手がメロダークの肩に置かれた。優しげな手つきだと感じたのは、気のせいではないと思いたかった。おそるおそるメロダークが顔を上げると、エメクと目が合う。凪いだ水面のように静かな表情には、憤りも苛立ちもなく、目の前のおこがましい男をじっと見つめ返していた。
「……ありがとう……」
震える声でメロダークがそう言うと、エメクはふいと視線を足下に落とした。ただそれだけの事で、彼の機嫌を損ねてしまったのかと不安を抱き、思わずエメクの靴に手をかけた。激怒され振り払われるかもしれないと思ったが、エメクは何の動揺も見せなかった。
「……今のあんたの顔、鏡で見せてやりたいよ。ひどい顔してる。そんなに俺がいいのかい? 俺は所詮ただの人間に過ぎない。あんたのいい主人にはなれないかもしれないよ? 今はこの通り平然としてるけどさ、どうしたものかと結構悩んだんだよ。流石に追い出そうかとも思った……ああ、そんなに怯えなくたって大丈夫だよ。もう追い出したりしないさ」
エメクは薄く微笑みながら上体を折り、メロダークの顔を覗き込んだ。
「なあ、どうして俺が今回あんたを許そうと思ったのか、理由が解るかい」
「……お前が、女神アークフィアの神官として慈悲を体現したからではないのか……?」
「ふうん、そう来たか」
「違うのか。俺にはそれ以外思いつかん……俺は、お前にとって何の価値もない男の筈だ」
「信仰を第一に考えるなら、今朝にでもあんたを追い出していたさ。あんたはどうしようもない男だけど、それでも俺はあんたのこと、何だかんだ言っても結構気に入ってるんだよ。でなきゃ、あんたの料理の腕が洒落にならないくらいひどいのを知った上で、どうして台所に入れたりするもんか……いつかまともに食えるものを作ってくれると、こっちも味見させられた甲斐があるんだけどね」
その言葉がどれだけ嬉しかったか。言い尽くせない程の喜びがこみ上げ、メロダークは思わず身を乗り出してエメクに縋り付きそうになった。だが、エメクはメロダークが手を伸ばした途端、椅子から腰を浮かせた――自分に触れられたくないのだ。
「あー……やっぱり駄目だ。ちょっと物置まで行って縄取ってきな。話はそれからだ。ほら、早く」
言われるままにメロダークは物置へ向かった。菜園で使いそうな細い縄の束があったので、それを手に取る。他に見当たらなかったし、何となく用途の予想もついていた。
部屋へ戻るとエメクに再び床に座るよう促されたメロダークは、言われるよりも先に両手を背中の後ろに回して両肘を掴み、縛りやすいようにした。エメクは黙々とメロダークの腕を縛り上げたが、縄を胴体まで回していない。正しい縛り方を知らないのかもしれないが、メロダークは敢えて口を出さなかった。こちらが無理に解こうとしなければいいだけの事だ。
「痛いかい?」
「いや……平気だ」
「そうかい」
エメクは再び椅子に座ってメロダークを見下ろした。平然と構えているようだったが、緊張で身体が強張っているようにも見受けられた。
「……悪いね、あんたの事は嫌いじゃないよ。でも、あんたをまるきり信じることも出来ない。正直に言うと、夕べは怖かったよ。あんたに犯されるかと思ったしな」
「そんなつもりはなかった、本当だ」
「……へえ」
メロダークがそう答えた途端、エメクが眉を潜めた。何かが彼の逆鱗に触れたかのようだったが、理由は判らない。確かに、昨晩の出来事がある以上、こんな言い分をエメクが信じてくれる筈がないが。
「そうは言うけどね……そもそもおかしいだろ。何であんた、俺の身体撫で回しておっ立ててるんだよ。ええ? 嫌がるこっちを押さえつけて、はあはあ息荒げながら身体中そこかしこ舐め回してさ。挙げ句、俺の尻におっ立てたもんをぐいぐい押しつけてきやがって――変態だな、あんた」
ここまでエメクに罵倒され、蔑んだ視線で見られるのは初めてのことだった。何も言い返せない。全く以てその通りだと己自身思う。夕べの不始末は、変態じみていると言われてもやむを得ない。
だが奇妙なことに、エメクに蔑まれても苦痛を感じなかった。彼に嫌われたくないと心から思っている筈なのに、どうしてなのか。妙な決まりの悪さを感じながら、メロダークはおそるおそる顔を上げた。
だが、それと同時に、エメクがメロダークの股間を踏みつけた。
「……っ!?」
思わず目を見開いた。踏みつけたという程のことではなく軽く足を乗せたという程度であったが、驚きと恐怖を感じずにはいられない。そんなメロダークに、エメクは平然とこう言い放つ。
「あのさあ……なんで今この状況で、股間膨らませてるのかね。なんか興奮するような事を言ったっけ? それとも何かい、あんた、俺に詰られて興奮してるのか。どうなんだい」
「そんな事は……っ!」
弁解しようとしたが、喉から出るのは言葉にならない呻き声だけだった。エメクに指摘されて初めて、メロダークは自分が勃起している事実を自覚した。それがエメクの靴にじわじわと押されて、下衣の上からでも判るほど屹立していく。言い訳のしようもない程だった。それでも股間を踏まれるのは怖かったが、やめろとは言えなかった。今は、エメクからどんな仕打ちを受けても文句を言えない立場なのだから。
「――怖いのかい? ひょっとして、玉潰されると思ってるのかい? 俺も随分性悪に見受けられたもんだな……そんなひどい事する筈がないだろう」
エメクが足を退けた。メロダークの醜態に立腹しているのかと思ったが、どうもそうではないようだった。先刻とは打って変わって、優しげな声色に変わる。
「こっちはあんたを痛めつけたい訳じゃないんだよ。出来ることなら傍に置いてやりたいと思ってる……勿論、あんたがそう望めばの話だけども」
「俺を傍に置いてくれ。お前の為ならどんな事でもする、二度とお前の意思に背くような真似はしない……どうか信じてくれ」
「……じゃあ、あんたも俺を信じろよ。あんたが俺を本心から信用してくれるなら、あんたのご主人様になってもいい。いいご主人様になれるかは分からないけど、あんたの為なら頑張ってみせるよ。それでどうだい」
メロダークは一も二もなく頷いた。エメクが一生自分を傍に置いて良くしてくれるというのだ、どうしてこれを撥ね付けることがあろうか。
たまらない気持ちになって、エメクにすり寄って彼にまた口付けしたくなったが、両腕が縛られていることを忘れて膝を立てようとした為、その場でのめってエメクの膝に受け止められた。
「……やれやれ、仕方ないね。気を抜いたらすぐこれだ……」
エメクはメロダークを抱き起こして座らせると、椅子から降りて床に膝をつき、メロダークに顔を近づけてきた。目の前にエメクの顔があることに強く興奮し、すぐにでも口付けたくてたまらなかったが、メロダークが首を伸ばすと、エメクはぎりぎりの所でひょいと後ろに退いてしまった。失望するメロダークとは対照的に、エメクは薄く笑みを浮かべている。
「誰が接吻していいなんて言った? これから一緒に生活していくんなら、我慢ってものを覚えてくれないと色々困るんだよ。下僕なら下僕らしく、俺を困らせるような真似は控えておくれ」
「……すまない……」
「やっぱり、いっぺん躾けてやらないと駄目なのかもしれないね」
さらりと突飛な事を言われたような気がするが、よく聞こえなかった。それよりもエメクがこちらの胸に手を伸ばして、いきなり服の上から乳首を探り当てて摘んだことの方に意識を奪われた。
「夕べのあんた、しつこく俺の乳首弄くり回してたよな。痛いくらいにさ。それ以外には感想らしい感想もないけど、あんたが夢中で俺の乳首を舐め回してたのはよく覚えてる。ありゃあ何だったんだい?」
「……自分でも解らん。ただ夢中だった、それだけだ……」
「ふうん……」
上衣の中に手が滑り込み、乳首を摘まれる。指先に力がぐっと籠められ、僅かな痛みに思わず顔をしかめる。
「堅くなってきた。痛いかい?」
「いや……」
「正直に言いなよ」
「……少しは痛いと感じないこともないが、平気だ」
エメクは無言でメロダークの頭を撫でてから立ち上がり、あるものを持ってきて椅子に腰を下ろした。糸巻きだった。縫い糸を短く歯で千切っている。そんな物をどうするのだろうとぼんやり眺めていると、エメクはその糸をメロダークの乳首に縛り付けた。メロダークが何か言うよりも先に、両方に結びつけてしまう。指で摘まれていた時よりきつく縛り付けられていたが、ひどく痛むという程でもない。
エメクはこちらを嫌っている訳ではない。ひどい事などしないと先刻言った筈だ。その言葉は信じているつもりだが、しかし、これは。
「……どこでこんな事を覚えてきた?」
「別に、どこでもないよ。しいて言うなら、あんたが教えたことじゃないかな」
そう言うと、エメクは何の躊躇いもなくメロダークの耳を軽く噛んだ。あからさまに誘うような行為だと思ったが、エメクの口調はただ穏やかで、そこに厭らしい気配は微塵も感じられない。
「――大分息が荒くなってるけど、そんなに興奮してるのかい?」
そう言うエメクは全く息一つ乱していない。それだけに、動揺しているこちらがおかしいのかという気になってくる。エメクの首筋が眼前に見えて、思わず吸い付こうと頭を動かしたが、寸前でかわされた。
「そんなにしたいのかい?」
「したい。お前に触れたい。頼む、どうかさせてくれ」
興奮してまくし立てたが、エメクの返事は一言、
「今夜は駄目だよ」
というものだった。彼は立ち上がって椅子に座り、悠然とメロダークを見下ろしながら再び股間を踏みつける。
「明日以降ならいいのか……?」
「躾もなっちゃいないくせに口だけ生意気だね。明日どうなるかは、今晩のあんたの態度次第に決まってるだろ」
「分かった……ならば、お前の好きな様にしてくれ」
鎖で繋がれ、餌のお預けを喰らった犬のような気分だった。
「これじゃ流石に可哀想かな」
と言ってエメクは靴を脱ぐと、素足をメロダークの股間に乗せた。そうして器用に足の指を使って、メロダークの下衣と下着をずらして屹立した逸物を露わにする。
彼の白い足の裏や指が、自分の逸物を刺激している。現実味のない光景を目の当たりにして困惑しつつも、一層興奮してしまっていた。
「床に座ってると尻やら膝やら痛いからさ……風呂入ったんだし、足でもいいだろ。文句あるかい?」
「ない」
即答だった。文句などある筈がない。例え足だろうと、エメクが自分に触ってくれているというだけで嬉しかった。全身がひどく火照っていて、我知らずみっともない声が出そうになるのを、歯を食いしばって堪えた。下手に醜態を晒せば、エメクに軽蔑されてしまうのではないか、という不安は拭えなかった。だからといって、止めてくれとも言えない。
「気持ち良さそうにしてるね、そんなにいいのかい? こういうのって多分、手でやるもんなんだろ? 足でやるのは流石に普通じゃないよな。なのにあんたは俺の足で踏まれて気持ちいいんだ……ほんとに変態じゃないのか? なあ、どうなんだい」
ぐりぐりと逸物の先端を責められ、強い快感に身を捩る。変態なのかと問われても、自分でもよく分からない。少なくとも今までは、おかしな性癖というものは無かった筈だ。必要を感じた時に女を買って、さっさとことを済ませて終わりだった。立小便をするのと何ら変わりない、粗末で俗悪なだけのやり取り。エメクには無縁の不潔な過去だ。
本当に、何一つとしてエメクに誇れるものがないことが悲しかった。彼の傍に仕えるに相応しい、清らかな人間で在りたかった。さもなくばもっと早く彼と出会いたかった。そうすればきっと、今よりもましな人間になれただろうに。
「……どうしたんだい?」
エメクがメロダークの顎に手を伸ばした。彼の指先がほんの少しでも自分に触れている。こんな男に触れてくれている。そう思うと様々な狂おしい感情がこみ上げて、形振り構わずエメクに縋らずにはいられなかった。
「エメク、エメク……俺を許してくれ。こんな俺でも、どうかお前の傍にいさせてくれ……!」
「――いいよ、あんたはずっと俺のものだ」
エメクは微笑んだ。宗教画にありそうな、清雅な印象を与える笑みであった。「俺を信じてついて来ればいい。死ぬまで傍に置いて可愛がってやるよ」
その、猥雑さや低俗さとは無縁のような清らかな笑みを絶やすことなく――エメクはメロダークの逸物を力強く踏んだ。


……その瞬間の衝撃は、忘れようにも忘れられない。苦痛、快楽、恐怖、歓喜。それらが猥雑に混ざり合い、あらゆる思念想念を怒濤の如く押し流した。理性がどこか遠くへ離れ、ふらふらと意識が宙を彷徨う。そんな中――茫然と頭をもたげると、そこにエメクがいた。
「あーあ、踏まれてついに出しちまったよ。みっともないねえ……駄目じゃないか、俺の許し無しに出すなんて。出していいって言ってないだろ?」
口では叱責しつつも、エメクは微笑んでいた。怒っていないどころか、この浅ましい姿を心から喜んで眺めているように見受けられた。
彼の足は、絶頂に至ったばかりのメロダークの逸物の先端を、未だにぐいぐいと刺激している。潰れるかと思うくらい踏まれたような気がしたが、自分で見る限りは逸物に異常ないようだった。もし潰れても一向に構わなかった。エメクが望むのならそれでも良かった。今なら、心からそう思える。自分の持てるもの、この汚れた肉体から魂まで、全てが永遠に彼のものだ――。
「足にかかっちまったな……ほら」
エメクがメロダークの眼前に右足を突きつけた。足の甲に白濁した精液がべったりと付いている。言外を察して、メロダークは自分の放った精液を舐めた。喉に不快な味が纏わりついたが、エメクの足を舐める喜びは何物にも勝った。奇妙な充足感があった。
精液を全て舐め取った後も、エメクの許す限り彼の足を舐めていたかったが、引っ込められてしまった。メロダークは思わず肩を落としてしまったが、何ともう一方の左足まで差し出された。そちらにも少しだが精液が飛んでいたらしい。勿論、喜んでむしゃぶりつく。
「随分と旨そうに舐めるんだねえ」
エメクはくすぐったそうに笑っていたが、メロダークが足首に吸い付こうとすると、「おっと」と言って左足を下ろしてしまう。
「もっと……」
「やだよ、くすぐったい。また今度な」
次の機会があるのだ――このままどんどんエメクの望む様にされてしまったら、果たして自分はどうなってしまうのだろう。想像するだけで既に胸が昂ぶる。
不意にエメクが椅子を蹴って立ち上がると、瞬く間にメロダークを床へ押し倒し跨がった。重みも苦しさも、縛られたままの両腕の痛みも、エメクから与えられているものだと思えば全てが心地良い。
エメクに何かを与えられ、それをこちらが受け取り、こちらの反応を見てエメクが反応を返す。その中に、確かに彼との繋がりを感じる。与えられるものが痛みでも構わない。エメクが与えてくれるものなら、何であろうと喜んで受け取ろうではないか。
「夕べは、俺の方だけ出したんだったっけな。どうだった?」
「……上手く言えないが……不思議と感激した」
「ふうん、そうなんだ」
エメクの指が胸の筋肉をなぞるにつれ、メロダークは自分の鼓動が速まるのを感じた。強く乳首を抓られて、思わず声を上げて仰け反った。
「気持ち良さそうな声だなあ。こんな所が感じるんだ?」
「……ああ、そのようだ……」
「前からそうなのかい?」
「いや……これが初めてだ」
「そうなんだ。痛くしたつもりなんだけど、痛くても気持ちいいんだね」
「ああ……もっと、もっとだ。もっと俺に触れてくれ。何でもいい……お前になら何をされても構わない……」
「殊勝なこと言うじゃないか。でも、俺はあんたと違って場数が足りないからね……『何でも』って言われても、どうしたもんか思いつかないや。どうしようかなあ」
エメクはメロダークの上に跨がったまま、天井を仰いで考え込んでいた。その最中にも彼の指は、メロダークの乳首をきつく抓り捏ね回している。エメクの思案の邪魔になってしまうのではないかと思いつつも、つい痛みと快感で声を上げてしまう。
「うーん……思いつかないからこれでいいか」
エメクはそう言うと、下衣をくつろげて前に移動してきた。
メロダークの眼前に、露わになったエメクの逸物が突きつけられた。半ば立ち上がったそれに視線が吸い寄せられたが、はっと我に返ってエメクを見上げる。
「しゃぶれよ。出来るだろ? 夕べは俺を押さえつけてまでやってたじゃないか。ほら、口開けな。それとも嫌なのかい?」
そう問いかけつつも、エメクはメロダークの返答を待たずに逸物の先端を口に押し込んできた。メロダークは一切逆らわず、むしろ進んで口を開いた。嫌がる筈がなかった。
頭を掴まれて、乱暴に喉の奥まで突き込まれる。反射的に嘔吐感を覚えたが、やめてほしいともやめたいとも思わなかった。
途切れ途切れにエメクの呻き声が聞こえた。彼が感じてくれていることが心から嬉しい。こちらまで興奮してしまう。是非ともエメクに手を伸ばして彼にしがみつきたかったが、そんな事までしていいとは言われていない以上、我慢しなくてはいけない。
「こんな事をさせるのはあんただけだよ……あんたにこんな事していいのも俺だけだ。その事は、よくよく心に留めておくんだよ」
返事の代わりに呻いて答えると、エメクはメロダークの額を指で撫でてからこう言った。「……そろそろ出すよ」
口内に出されるのだと思ったが、違った。目を覆うように手を置かれ、次に鼻や頬に何かがかけられるのを感じた。視界を覆っていた手が離れ、エメクが自分の上から退いて立ち上がった後も、メロダークは茫洋とした気分で天井を見上げていた。
「お疲れさん、結構良かったよ」
エメクはそう言ってメロダークを起こした。満足げな様子であった。彼に喜んでもらえたことが、メロダークは心から嬉しかった。
エメクはメロダークの頬についた精液を指で拭って、まじまじと見つめていた。あまり凝視する機会がなかったのかもしれないが、さして興味もなかったのか、すぐにその指をメロダークの口元に押しつけてきた。
言われるまでもなくメロダークは口を開いて、エメクの指についた精液を舐めた。エメクはメロダークの顔に垂れた精液を指で拭っては、それをメロダークに次々舐めさせた。
「これで大体全部だね」
そう告げられた後も、メロダークは恍惚としてエメクの指を舐め続けた。エメクも今度はお預けにせず、メロダークの好きな様にさせてくれていた。指の先端を舐め、関節、指の間、手の甲へと移っていったところでふと我に返り、エメクの顔をじっと見つめた。エメクが気分を害した様子はなかったが、こちらの欲望に夢中になり過ぎていたと反省したのだ。
「――また立ってる」
エメクが指さした先には、メロダークの逸物がまた猛り立っていた。退っ引きならない様子のそれを自分でもどうすべきか考えあぐねた結果、エメクの顔色を伺う。こういう場合、以前なら何らかの方法でさっさと欲望を晴らして済ませてきただろうが、今は違う。この浅ましい欲望すら、今はエメクの物なのだ。先刻言われたばかりの言葉を忘れるほど愚かではない。
「どうしようか。どうにもならないって様子だけども」
「思いつかない……お前が決めてくれ」
「そうかい、じゃあ――」
エメクはメロダークの腕の縄を解いてから椅子に座り、メロダークにこう言い放った。
「――自分でやってみせてごらん」



朝食を作り終えたメロダークが、水を捨てる為に台所から外へ出ると、昨日の犬がうろついていた。朝飯をくれる相手を見繕いに来たのだろうか。朝食に使った肉の骨が残っていたので、餌にやろうかと思ったが、少し考えてやめた。エメクにはこの犬を飼う気がないそうだし、メロダーク自身もこの犬に餌付けする気はなかった。犬の方も賢いもので、昨日はあれだけエメクにすり寄っていたにも関わらず、メロダークには全く近づこうとしない。好かれていないのを敏感に察知しているのだろう。
メロダークはそれきり犬を無視して台所へ戻ると、エメクを呼びに食堂を出た。彼は聖堂で、朝から訪ねてきた来客の相手をしている筈だったが、メロダークが呼びに行った時には、帰路に着いた客人を見送って戻ってきた後であった。
「……こんな朝早くから何の用事だ?」
「散歩ついでに立ち寄ったんだそうだよ。息子さんがようやく結婚するかもしれないんで、その時は宜しくってさ……そうだ、あんた今度は一体何を作ったんだ? 話の最中に変な臭いがこっちの方まで漂ってきたから、向こうさんに『魚の干物が腐ってるんじゃないか』って訊かれたんだけども」
「お前に言われた通り、シチューを作ったつもりなのだが」
「臭いを嗅いだ限りだと、今度は焦がした訳じゃないみたいなんだけどな……」
明らかにエメクは朝食に期待していない様子だった。だが、メロダークがこれまでにエメクに出した食事の中で、成功例が微々たる数しかないのも冷厳な事実であった。
「……お前が焦がしすぎだと言うから、火加減には十分に注意したつもりなのだが」
「とりあえず、話は食ってみてからだろ。最も、普通のシチューはこんな臭くないと思うがね」
「すまん……」
「いいよ、作れって言ったのは俺だ。上達するまで付き合ってやるよ……んん、やっぱりちょっと眠いな……」
欠伸をしながら食堂へ歩いて行くエメクの後ろを着いていく。その間ずっと、あの事は辛抱強く黙っていようと思った。
しかし、食堂に入ったところでメロダークの忍耐は限界に達し、エメクの腕を掴んで壁に押しつけ、顔を近づけた。
だが、エメクが口元に薄い笑みを浮かべたまま黙っているのを見て、メロダークは寸前で顔を近づけるのを止めた。そしてエメクから少し顔を離し、ややあっておそるおそる尋ねた。
「……口付けしてもいいか?」
「いいよ。よく予め訊けたね、それでこそだ。まだ日が高いけど、少しくらいならさせてやるよ」
喜んでメロダークはエメクに身体を寄せて口付けしようとした。だが唇を重ねようとしたところで、エメクはふいと顔を背けて頬を差し出した。そしてこちらに対し、ほら接吻しろ、と言わんばかりの視線を向けてきた。
「エメク……」
「何だい」
「……唇がいい」
「仕方ないねえ、ほら」
エメクがこちらの胸倉を掴んで引き寄せた。首が絞まる痛みすら心地よかった。

(終)

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