ある所に、それはそれは可愛らしい男の子がいました。その名前をゆーちゃんと言いました。
ゆーちゃんの可愛らしさと言ったら…おうちに来たお客さんが、玄関に飾ってあるその男の子の6歳時の写真を見て鼻血を吹き、次いで15歳になったゆーちゃん本人を見て悶絶or卒倒する程。
それ程可愛らしいのに、当のゆーちゃんは自分の可愛らしさを自覚していないのですから、家族も気が気ではありません。お兄さんの勝利くんは、特に。
「ゆーちゃんゆーちゃんゆーちゃんっ! 一体何処に行ってたんだっ!?」
「何処って…隣の家。子供会の回覧板を置きに」
「出かける時は行き先と帰宅時間を言えっ! 何かあったらどーする!?」
「だって隣の家だよ? おれの事心配してくれるのは嬉しいけどさ、もう15なんだよ? おれ」
「そんな事言って、どこぞの変質者に誘拐されたらどうするんだ!?」
こんな感じで。ゆーちゃんに対してとてもとても過保護なのでした。
ある日の事です。
ゆーちゃんの一家は勝馬パパが銀行マンをしている関係で、お城の舞踏会に招待されました。
しかし、ゆーちゃんだけは留守番です。
「何で!? 何でおれだけ!? 勝利は行くのに何でおれだけ留守番なの!?」
「ごめんね、ゆーちゃん。でもそういうオトナの世界はー、もう何年か経ってからねvvv」
美子ママはパーティー用に着飾った格好で、にっこりと微笑みながらそう言ってゆーちゃんを諭します。隣では勝利くんがママのセリフに頷いていました。
「だってだって、有名人の招待客がいっぱい来るんだろ?」
「野球選手が来るかどうかなんて解らないだろうが。大体、お前、踊れないだろうが」
「う゛っ…」
舞踏会なんてモノにゆーちゃんを連れて行こうものなら、その可愛さに目を付けたヤカラに言葉巧みに連れ出され、以下お子サマはダメよvv的展開になりかねません。そんな訳ですから、パパもママも勝利くんも、ゆーちゃんには留守番してもらうしかなかったのです。
「ってな訳でお前は留守番」
「ママ達が帰るまで、いい子にしててね〜」
仕方なくゆーちゃんはふて腐れながら、家で留守番しつつグローブを磨き、それから野球雑誌を読んでいました。
すると来客があったので、応対に出てみると、友人の村田健でした。
「ムラケンじゃん。どうしたんだよ、タキシードなんか着ちゃってさ。あっ! お前まさか、お前もお城にご招待!?」
「そうなんだよ。知り合いから招待状が来てね。渋谷は…その様子だと留守番みたいだけど、お父さんお母さんは?」
「みんな舞踏会。おれだけ留守番なの。子供にはまだ早いってさ」
「残念。球界の有名人も招待されてるって話なのに」
「マジ!? いいなー、おれも行きたいよ。はぁ…」
「まあ、こんな事もあろうかと思ってさ…ほら」
ムラケンがじゃじゃーん!と効果音付きで見せたのは、カバーがかかった一着の衣装でした。
「何それ?」
「まあ、いいから着てみてよ」
「っ…て、何だよこれ、何でドレス!?」
そう、ムラケンが持参した衣装はドレスだったのです。
「サイズはぴったりだね。良かった良かった」
「良かった、じゃねーよ!」
「だって、まさか男の格好では行けないだろ? お父さん達に出くわした時、すぐにバレちゃうじゃないか」
「(女の格好でもバレると思うけどな、おれは…)」
ムラケンはヅラと靴までバッチリ用意してきました。靴がハイヒールでないだけ、マシだと思うべきなのかもしれません。
「これでばっちり。化粧は…いいか、そのままでも十分、渋谷はカワイイから」
「あのさあ…ヅラかぶってドレス着ても、胸がないから、男だってすぐ解るんじゃないか?」
「大丈夫だって。この飾りで胸がないのが目立ちにくくなってるから。案外、ヘップバーンみたいなスタイルだ、って、もてはやされるかもよ?」
「ヘップバーンって…村田、もう何度も聞いてるけど、お前、本当は何歳…?」
しかしムラケンの言う通り、ドレスの胸元には大きな飾りがついていて、そのせいでゆーちゃんの胸がペタン系(と言うより、男だからゼロ)な点を上手く隠してくれていました。
「ちょうど僕もパートナーがいなくて困ってたんだよね」
「それが本音かよ!?」
そして舞踏会会場へ。
会場は予想通り、いえ、それ以上に多くの招待客でごった返していました。流石、この国の第3王子様の社交界でびぅの夜だけありました。
「渋谷〜」
ムラケンが両手にグラスを持ってゆーちゃんの元へとやって来ました。ゆーちゃんが佇んでいるのは会場の隅の、柱の影。殆どのお客からは、姿の見えない位置です。もし見えていたら、たちまち、ゆーちゃんにダンスを申し込む輩が殺到していた事でしょう。
「渋谷、そんな端にいないでさ、せっかくの舞踏会なんだし、踊ってきたら? そこにいたってお目当ての野球選手は見つけられないだろう? まあ…これだけ人が多くちゃ、探すのも一苦労だろうけどね…」
「だけどさあ…歩くと足がスースーするんだよ…」
「ああ、スカートだからね」
女の人はこんなものを着ていて、どうして、風邪をひかないんだろう…ゆーちゃんは不思議でなりませんでした。
と、そこへ、ゆーちゃんの可愛らしさを目ざとく探知したのか、1人の男性が歩み寄って来ました。
「失礼。…話の最中ですか?」
それは大層サワヤカでカッコイイ声でしたが、見た目もサワヤカでカッコイイおにーさんでした。20歳ぐらいでしょうか、すらっと背が高くて人当たりの良さそうな雰囲気で、女の人にモテそうなタイプです。そうそういないハンサムさんに、ゆーちゃんは男としてのコンプレックスを微妙に刺激されてしまいました。
「よろしければ、俺と一曲踊って頂けませんか?」
「え…おれ? あ、いえ、わ、私と?」
ムラケンに肘で小突かれ、ゆーちゃんは慌てて一人称を訂正しました。
「もちろん」
ハンサムさんはにっこりと微笑みました。
「ええっ!? で、でも、私、ダンスは苦手で…足を踏んでしまうかも」
「では、上手く避ける事にしますよ」
そう言うと、ハンサムさんは優雅にゆーちゃんに手を差し出しました。
ゆーちゃんはどうしてこれ程カッチョイイ人が自分なんかを誘いに着たのか、不思議でなりません。
どうしよう村田…と、ゆーちゃんはムラケンの袖を引っ張りました。その仕草が相手には可愛らしく初々しいように見える事に、当のゆーちゃんは気づきませんでした。
「ひょっとして、そちらのお連れの方に悪いとか?」
ハンサムさんにそう尋ねられ、ムラケンはにこにこと笑って手を振りました。ムラケンはゆーちゃんがフォークダンスしか踊れない事を知っていたのですが、事の成り行きが面白そうだったので、こう言いました。
「いえいえ、遠慮なく持って行っちゃって下さい」
「ム〜ラ〜タ〜!!」
「いいじゃん渋谷、何事も経験経験。こんな所にいたって仕方ないしさ、ほら」
ムラケンはどーん! とゆーちゃんの背中を押しました。ハンサムさんがゆーちゃんの手を取って、ダンスへと連れ出してしまいました。
ゆーちゃんにとっては初めてのダンスでしたが、サワヤカ系ハンサムさんはゆーちゃんをよくリードしてくれました。
ああ、こんなタイプが女の人にモテるんだろうなあ、おれも男だったらこうなりたいよ…ゆーちゃんはそう思いながら、相手の足を踏まないように一生懸命でした。
相手のハンサムさんが相変わらずにっこりと優しく微笑みながらこちらを見つめると、ゆーちゃんは俯いてしまいました。その初々しさにまたもやハンサムさんはココロを惹かれましたが…ゆーちゃんが俯いた理由は、自分のステップが気になっただけの事でした。
何か、いい匂いがゆーちゃんの鼻に届きました。ハンサムさんの香水か何かでしょうか。詳しい匂いの種類まではゆーちゃんには区別がつきませんでしたが、とても似合っています。
「お、お上手デスネ、ダンス」
「貴方こそ」
ああ、アパ○イトのCMにも匹敵するそのサワヤカさ。
ダンスが終わると、ゆーちゃんは一目散に会場外へと向かいました。スカートのヒラヒラした感触に耐えかねてきたからです。途中で踊りの誘いを申し込む声を聞いた気がしますが、無視して通り過ぎてしまいました。ムラケンを会場に残したままでしたが、その事も頭の中から抜け落ちていました。
「あっ、待って!」
ハンサムさんはゆーちゃんを引き留めようとしましたが、周囲にわっと女性が酔ってきて我先にとダンスの相手を申し込んできたので、ハンサムさんは一時立ち往生せざるを得ませんでした。
「(あー、ハズカシかった…)」
ゆーちゃんは会場外のテラスに出て、手すりにもたれてため息をつきました。ふと、ムラケンを残してきた事に気づいて後ろを振り返ると、そこには何と、先程のサワヤカ系ハンサムさんがいました。
「ここにいたんですね」
何と、ゆーちゃんを追っかけて来たようです。ゆーちゃんは驚いてしまいました。
「もっと話がしたかったのに、俺を置いていくなんて、ひどい人ですね」
「話って、おれ…いえいえ、私と?」
「ええ、もちろんですよ」
何でー!?
ゆーちゃんは困惑しました。
「(助けてアンパンマン! いや、ムラケンマン!)」
ゆーちゃんは会場内に目を向けました。すると、窓越しに何人かの女性がこちらを見ているのに気づきました。ハンサムさんにダンスの誘いを断られた女性達です。
更に目を向けると、ムラケンの姿が見つかりました。ゆーちゃんの知らないデ・ニーロ似のダンディなオジサマと語らっています。
「(助けてムラケン!)」
ゆーちゃんはムラケンを手招きして助けを求めましたが、ムラケンは気づいても笑ってヒラヒラと手を振るのみです。
「そう言えば、まだお名前を訊いていませんでしたね」
「あー、えー、えーと…ま、まず貴方から」
ゆーちゃんは咄嗟に偽名を思いつく事が出来なかったので、そう答えました。
するとハンサムさんは目を丸くしましたが、ゆーちゃんにはその理由が分かりませんでした。
「これは失礼。俺の名前はウェラー・コンラートです」
「おれ、あ、いや、私の名前は……は、は…」
「は?」
「原宿不利、ですワ」
我ながらなんつー偽名を名乗ったもんだ、と、ゆーちゃんは思いました。
「ハラジュクフリ。じゃあ、『ふーちゃん』?」
何故ちゃん付け!?
「ふ、『フリ』でお願いシマス…(汗)」
ゆーちゃんは訳も分からず内心冷や汗をかきながら、こちらを見ている女性方をちらっと見やりました。
「あ、あの…あっちに、貴方にアツーイ眼差しを向けている女の方々がいますケド…」
「でも、ここに、貴方に熱い眼差しを向けている男がいますよ」
「へっ?」
ゆーちゃんは呆けた声を出しただけでした。コンラートの口説き文句は効を奏しませんでしたが、それに少々落胆する一方で、ゆーちゃんの初々しさにますますときめいてしまいます。
コンラートは膝を折ると、ゆーちゃんの手袋のはめられた右手を取って、手の甲にちゅっとしました。
「!?!?!?」
ぎゃあああ! と絶叫しそうになったゆーちゃん。見物人の女性客たちが『きー!』と悔しそうにハンカチをかみ、ムラケンが『わぁお』と目を丸くしています。
この時、コンラートはある事に気づいたのですが、それを口にはしませんでした。
「な、な、な、何するんですか、いきなり!」
ゆーちゃんは涙目で狼狽えています。
「申し訳ない、不快な思いをさせるつもりは無かったんだが…」
そーゆーコトは、女の人にやってくれ!
ゆーちゃんはようやく自分がナンパされかかっているコトに気づき、慌ててムラケンを呼びました。
「(ヘルプミー、ムラケン!)」
しかし、必死で手招きするゆーちゃんに対し、ムラケンはまたも笑って手を振るだけです。
薄情者〜!!
「どうしたんですか?」
コンラートが尋ねます。彼はゆーちゃんの視線の方向を見て、ムラケンの姿を目に留めました。
「ああ…連れの方がご機嫌斜めになったんですか?」
「いやいやいや! アイツは本当に只の同伴者ですから!」
ゆーちゃんは必死でムラケンとのあらぬ誤解を解こうとしました。が、ムラケンとは何でもないと言った時、コンラートの目の色が微妙に変化した事には気づきませんでした。
「フリは、髪を染めているんですか?」
「あっ、えっ…な、何で?」
「眉の色と髪の色が違うから、そうかな、と」
実際は染めているのではなく、ヅラなのですが。
「貴方の髪は黒い方がいいと思いますよ。今のままでも、とても可愛らしいですけれどね」
「私なんか全然可愛らしくも何ともないですって。そこら辺に転がってそうな……って…コンラート…?」
コンラートは微笑みを崩さないまま、無言でゆーちゃんの前髪を撫でました。何事か解らなくて首を傾げ、無防備な愛らしさを無意識に振りまくゆーちゃん。
ちゅ。
(………え?)
会場内ではムラケンが「わぁお!」と、今度は口に出して言っています。女性方は「きー!」口に出して悔しがっていました。
ちゅーーーーーー。
ゆーちゃんはその間、石化状態でした。
0時を告げる鐘が鳴りました。その轟音は、ゆーちゃんの上げた奇声をかき消しました。
ゆーちゃんはコンラートを引っぱたいて、というより、殴って、その場から逃げ出しました。
ファーストキスの相手が、お、お、男!!
しかもちょっとだけだけど、し、舌が入ったーーー!!!
「村田ー! 帰る! 帰るぞ、今すぐ!」
「え? もう帰るのかい? 君お目当ての野球選手がいたのに」
「そんな事より帰るんだー!」
ゆーちゃんはムラケンの腕をむんずと掴むと、脱兎の如く会場から走り去りました。
「フリ! 待って、フリ!」
コンラートの声は届きませんでした。
フリのあの可愛らしさ、初々しさ。この国の王子である自分の顔を知らない上、あれだけ口説いても自分にちっともなびかなかったし、しかも自分を張り倒して去ってしまった人。
…いつになく手応えのあるエモノです。
コンラートはニヤソと笑みを浮かべました。それはダークネス濃縮100%な笑みでした。
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シンデレラ (1)