それとも単に、おれが彼の事を勘違いしていたってだけなのか?
頭上に置かれたコンラッドの手。以前なら、その手をただ信じて頼っていられた。
ぱっとユーリの頭に過ぎったのは、モルギフを取って洞窟から出てきた時、自分を待っていたコンラッドの優しい笑顔だった。
…あの時にどうして戻れないんだろうな。
「ウェラー卿、気持ちいい?」
自分に訊いているのだと解っていても、コンラッドは返答しなかった。返答するとすれば、時折歯が当たるので否だ。ユーリの方に積極性が皆無なのは当然の話であった。
ユーリが呻いた。背後から穿たれる痛みと口の苦しさで声を上げるが、くぐもった悲鳴にしかならない。その声がサラレギーにも聞こえていない筈がないのに、彼は笑顔を崩す事なく恬然としている。
それがどうしてなのか、コンラッドには理解出来ない。彼は自分の中の残酷性を否定はしない。戦場では容赦なく敵兵を斬り捨ててきたし、負傷し命乞いをする者に完全な終わりを与える事もしてきた。しかしそれは、そうせざるを得ない状況下であったからこそ行った事で、笑顔で他者に苦痛を与える事など、した事がないし、出来ない。
しかし、ふっと考えた。
それなら今、ユーリが泣いて苦しんでいるのを目の前にしながら、自分は何をし、何を考えているのだろうか、と。
「っん…!」
ユーリの口内でコンラッドの雄が大きさを増した。
双方の合意のないセックスで興奮を覚える彼の人間性
コンラッドの方はどうだか解らないが、サラレギーの方には、ユーリの痛みや苦しみを軽減する気が全くないのは明白だった。
ユーリ自身も気づいていた。サラレギーは自分が苦痛に泣く所を見たいのだ、と。
…ならば、コンラッドはどうなのだろうか。
こんな事して気持ちいいの、コンラッド?
おれはつらくてしょうがないのに、あんたは、いいの?
しかし、ユーリの脳裏からその疑問はすぐに消滅した。自分の中で高まってくる熱を自覚した途端に。
屈辱と羞恥の間で、身体は辛みを含んだ快感を選択してしまったのだ。
サラレギーが少し表情を歪めて低く呻いた。腰をユーリに大きく叩き付け、中に無遠慮に自分の欲望の残滓を吐き捨てる。自分の身体が屈服してしまう前に事が終わらせられた事が、ユーリにとっては喜ばしかった。
ユーリは自分の胸奥で何らかの小変が起こったのを感じた。それは、容易には消し去りがたいもののように思われた。
果てた後は用が無い、とでも言わんばかりに、サラレギーはユーリの身体を放した。それと共に、コンラッドもユーリから離れる。身体に情欲が燻ってはいたが、それに未練はなく、言ってしまえば早々に切り上げたかった。常態を失わないうちに。
床に横に倒れ込んだユーリは、まだ縛られたままの両手首を振った。ずっと手を床についたままだったので、痛かったのだ。災難だったと、通り過ぎた狂気の嵐だったと、自分を納得させてみようとした。そうでもしないと立ち直れない気がした。
コンラッドが心配げにこちらを見ていたが、出ていけと怒鳴りつけてやりたかった。それをしなかったのは、疲労が大きかったからだった。呼吸すら未だに整っていない。
「疲れちゃった」
そう言ってのけつつ、服装を正したサラレギーはその手で自分の髪を軽く整え、そして部屋に置かれていた椅子に腰を下ろして足を組んだ。微塵も疲弊した様子を見せない動作だった。無論、罪悪感を意識している様子も全く見られなかった。
そして、間を置かずにサラレギーはコンラッドに告げた。
「ウェラー卿。わたしの目の前でユーリを抱いて」
サラレギーの視界において、コンラッドの横顔が凍り付いた。
ユーリにもその言葉は聞こえていたが、咄嗟にそれを理解する事が出来なかった。
「聞こえなかったの? ユーリを抱いてみせて」
出来るでしょう? と首を傾げて尋ねるサラレギー。
「それとも、もう疲れた?」
暗黙の脅迫だった。拒否は許さないだろう。否、許されるかもしれないが、その場合にサラレギーが何と言い出すか、コンラッドには想像がついた。
ぼんやりとそのやり取りを聞いていたユーリだったが、コンラッドが自分の足に手を伸ばしたのを見て、はっと理解した。
「…いやだっ、来んな!」
ユーリは不自由ながらもじたばたと逃れようとしたが、コンラッドにとって、それを押さえつけるのは容易だった。ユーリが横になっていたので、そのまま両膝をまとめて床に押さえつける。
…俺の気持ちなど、所詮はこんな物だったんじゃないか?
ユーリをずっと求めていて…心の何処かで、こうして穢したいと思っていたんじゃないか?
ユーリがまた、悲痛な呻き声を上げた。
コンラッドは心を痛めなかった。正確には、自分で自分の心が痛んだ事を感じなかった。
…サラレギーの事を論い、非難する資格が自分にあるのだろうか。
自分とて大差はない、卑劣な男ではないか………。
「こ…コンラッド…あ…あ…!」
ユーリの中は狭くて、しかし、先程不本意ながらもサラレギーを一度受け入れたせいか、あっさりとコンラッドを受容する。だが、それでもユーリにとってはサラレギーの時よりきつくて、苦しさに声を上げた。
ただし、それは同時に艶めかしさを孕んだ声でもあった。
コンラッドの触れ方はサラレギーよりも優しくて、ユーリに快感を見いださせる余裕を与える。
自分で自分をどうにも出来ない事が悲しくて情けなくて、ユーリは涙を流しながら堪えきれない嬌声を漏らす。嬌声、だった。
ひどく惨めだった。
いっそサラレギーの様に自分本位で進めて、さっさと済ませてくれた方がましだった。
「ひ…ああ…あ…やぁ…!」
ユーリの縛られたままの両手が、顔の前で痙攣したように戦慄いていた。
その身体は、コンラッドの目にはやけに小さく見えた。
俺はずっとこうしたかった。
コンラッドはそう自覚した。
先走りを零すユーリの中心を握ると、内壁のきつさが増した。手にまとわりつく濡れた感触にただ心地よさを見出して、続けてユーリを苛む。
薄い笑みをたたえてその様を眺めているサラレギーを満足させる行動である事も、彼は全く気にしなかった。
サラレギーの目など意識していなかった。ただ、目の前のユーリが全てだった。
「やあーっ……ああっ………!」
悔しい位に淀みなく登り詰めていく。
体だけは、痛みに慣れると、単純に快くなっていった。人前で嬲られる事に異様な快感を見出している自分を、最低だとユーリの心は批評した。
どうしたら良いのか分からなくなってきていた。次第に自分の心と体がすれ違っていく事が悲しかった。
今ならきっと、コンラッドに向かって躊躇いなく罵詈雑言を浴びせられる気がする。
幾度かユーリに名前を呼ばれ、コンラッドの中の理性が切れる。荒く息をついて泣くユーリを目にしていても、煽られるばかりで、罪悪感は感じなかった。
状況を殆ど忘れて、彼はユーリを抱いた。抑えてきた感情が爆発しかけている。否、すでにそうなっていた。
「コ…コンラッド…あっ…や…ああ…!」
ユーリは自分でも何を言っているのか分からず、ただ泣いて喘いだ。瞼を少し上げて涙の浮かぶ目で目の前を見ると、サラレギーの微笑が映る。
コンラッドは何処にいるんだろう?
今、おれを抱いている。
コンラッド、もうやめて。耐えきれないよ。
「あ……や、あ……いや、やだ……!」
と、零した直後、ユーリは歓を極めてコンラッドの掌中と床に精を放った。
ぐったりと彼が弛緩する過程の何処かで、コンラッドも低く呻いて果てた。
ユーリは吐き気を覚えた。この状況に。コンラッドに。そして、自分に。
何となく頭を動かしてユーリがコンラッドを見上げる。睨み付ける気力は残っていなかった。
汗ばんだ額に前髪を僅かに張り付かせ、息をついている男の顔がそこにある。
黙って見つめ合いながら、お互い、既に遠い存在だと感じた。
……残酷な男だと思ってあんたを憎み切れたなら。
その時、事態を傍観していたサラレギーが、唐突に口を開いた。
「ウェラー卿はユーリの事が好きなんだね」
はっきりと、彼はそう言い放った。微笑みながら。
ユーリの疲弊した頭ではサラレギーの言葉を即座に理解する事が出来なかった。
だが、理解すると、サラレギーの言う事のあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ、笑いさえこみ上げてきた。
「…な…何言ってるんだよ、サラ。コンラッドがおれを? そんな訳…………コンラッド…?」
コンラッドは無言で俯いて、ユーリから目を背けていた。
…こんな形で知られたくなかった。
「…うそだろ……」
…こんな形で知りたくなかった。
沈黙の降りた部屋の中で、サラレギーは、ユーリとコンラッドの苦悩を見透かして無言で笑う。
「別にいいじゃない、ユーリの事が好きだって。ね? ウェラー卿」
「…」
「それで、ウェラー卿、もう終わりなの? 貴方はまだ満足していないでしょう?」
ひどく優しいとさえ言えるサラレギーの声が、コンラッドの中の衝動を後ろから押していく。
サラレギーの手から何かが放物線を描いて飛び、ユーリの背中のすぐ側に落ちた。
鍵だ。
「続けて?」
コンラッドはその鍵で、躊躇なくユーリの足枷を外した。
ユーリの両足は自由になった。ただし、ユーリ本人の自由ではない…コンラッドの自由だ。
感覚を失いかけている足首を掴んで脚を開き、割って入って、コンラッドはユーリをまた穿つ。
…コンラッドが…おれを、好き?
なら、
どうしておれの元から離れたんだ?
どうして今、おれを助けてくれないんだ?
腰を揺すりながら上体を折ろうとしたコンラッドだったが、ユーリが縛られたままの両腕を振り上げてきたので、その手をユーリの頭上に押さえつけた。そして彼は幾度も涙の流れた跡のある、ユーリの眦に口づけた。そうしたかった。
「っ…コンラッド…」
その呼び名の懐かしさが、コンラッドの胸を焦がす。
愛おしいという感情のままに、ユーリの口唇に口づけをずらした。
甘くて痛い。
コンラッドが唇を離すと、ユーリの唇が紅く濡れていた。
ユーリに噛みつかれた唇の傷口からは血が染み出したが、コンラッドはそれを舐め、そしてまた、ユーリに接吻した。この人になら食い千切られても構わない。殺されてもいいとさえ思う。
…許されるとは思っていない。
もし許される事があり得るなら、自分が以前のような平穏に戻れる事もあり得る筈だ。
それすらあり得ないのに、こんな罪を、ユーリに許してもらえる筈がない。
そう考える今の自分は何処か狂っている。劣情の波の中で、コンラッドはそう感じた。
忽然とその狂気から目覚めた時、自分は何をもって贖うのだろう?
漆黒の双眸が向ける鋭く熱い眼差しを受けながら、今は、コンラッドは自分の全てを歪んだ心に委ねた。
(了)
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