青い花(1)
『こんな事をするような人間だとは、思ってもみなかった』。
そう婉曲に非難されても、相手の少年はくすくすと笑うのみだった。
「わたしは、貴方にそう思われているだろうと思っていたよ? ユーリ」
そしてまた、笑い声。
きっとユーリは睨め付けたが、対するサラレギーは怯みもしない。状況を制しているのは彼だからだ。
「全然怯えないんだね…貴方らしい。でも、これからどういう事になるのか、分かっているでしょう?」
分かりたくもないが、その言葉をユーリは否定出来ない。彼のサラレギーを睨む目顔は、両腕を上にまとめて吊している紐を引っ張られる事で、痛覚に歪んだ。紐の端はサラレギーが握っている。
くっと上に上がったユーリの顎を、色の白い指が撫で上げる。
「怖い?」
「…」
怖いのは肩を痛める事だ。ユーリはそう自分に言い聞かせた。肩や腕を少しでも痛めるのは怖い。だが、それをサラレギーに言う事は出来ない。
サラレギーの細い腕に、自分を片手だけで吊し上げうる力があるとは信じがたかった。
白い指先がユーリの顎を辿って、そして首筋をなぞる。
「綺麗な肌」
ユーリの耳元でサラレギーの声がして、そして、肌に何かが当たるのを感じた。それが歯だと気づいた瞬間、ユーリは思わず身を固くする。
「噛んだりなんか、しないよ。痛いのは嫌でしょう?」
サラレギーはまた耳元で囁いて、また笑う。
「本当に、綺麗な肌」
表面上は無邪気でさえある彼の声を聞く度、ユーリは慄然とせずにいられない。
サラレギーの指がある一点で止まったかと思うと、ユーリはそこに刺すような痛みを感じた。
「痛っ…」
「暴れないで、少し刺しただけだから」
「刺したって…何を…」
「針をね。どうしてかは…その内解るよ」
サラレギーは断りもなくユーリの首筋にきつく口づけた。ただただ気持ちが悪くて、ユーリは鳥肌を立てて思わず訴える。
「サラっ…やめろっ!」
ユーリが双眸にたたえているのは、誇りを傷つけられる事への怒りと、そして、怯えの色だ。
彼の足はしっかりと床についているが、足首に絡んだ枷が、本人の意思を無視して与えられる辱めへの抵抗を許してくれない。
「ユーリは体を鍛えてるの?」
自分が吊し上げた腕をそっと撫でながらサラレギーは問いかける。その優しげな手つきと囁き声に、ユーリは鳥肌を立てた。
「わたしは貴方と違って、力はからきしなくて」
ユーリを単身で縛り上げて吊しておきながら、臆面もなくサラレギーはそう嘯く。
「だから、こうするね」
ユーリの肌に、上衣を通してひやりとした硬質な感触が伝わってきた。
…鋏の刃だ。
「動かないでね、ユーリ。貴方の肌に傷がついてしまうから」
「…っ」
ざくり、と、衣服に切れ込みが入れられた。その音が段々と上に上がる合間に、金属の冷たさがユーリの腹部に触れてくる。その度にユーリが僅かに顔をしかめる事にサラレギーは気づき、
「冷たい?」
と、笑って問いかけた。
何の前触れもなく、胸の頂に鋏の背が触れてきた。故意にだ。ユーリは息を呑んだ。
執拗なそれは、奇妙な刺激をユーリに与える。己の身体に起こり始めている異常に、ユーリ自身は未だ気づいていなかった。
サラレギーは微笑を浮かべつつ、引き続き上衣を切り裂きにかかった。


「ユーリの身体は綺麗だね」
『白魚のような』と形容するに相応しいその手は、初めは華奢で女性のように頼りなさげにさえ見えていたのに…その手が、今、ユーリの身体を緩やかに蹂躙していく。何の躊躇いも無く、残酷にも、笑いながら。
「やっ…!」
脇腹をさらりと撫でられ、そして耳に歯を立てられる。その刺激の1つ1つが気色悪い。だが、同時に言い知れない刺激でさえある。気がつけば息が上がろうとしている。
何かが変だ、と、ユーリは頭の何処かで思った。が、その考えを突き詰める暇は与えられない。露出した腹部を上へと撫で上げられる。一瞬だけサラレギーの掌が触れたかと思うと、細い指先が胸の頂を捉えた。
そこもただただ気色悪くて、顔をしかめる。ユーリが顔を背けた先には、無邪気な、とさえ言えるようなサラの笑顔がある。
「感じているの、ユーリ?」
「ばっ……んな訳っ…!」
全くない、と言い切れないのが現実である事に、ユーリは心の中で愕然とした。
気持ちが悪い、と思っているのは本心だ。だが、それだけではないのが事実だ。
他者から加えられる刺激が強まり、苦痛の側面が大きくなってくる。
「いった…痛い、サラ、痛いって…!」
痛感に耐えかねて心からそう訴えたユーリだったが、サラレギーの酷薄な微笑は変わらない。子供が掌中で玩具を弄ぶような邪気の無さで、ユーリを痛めて悦に入っている。
「やめてほしい?」
絶対に懇願などしたくなかったので、ユーリは唇を噛んで苦痛を堪え忍んだ。
サラレギーにもそんなユーリの覚悟が伝わった模様で、仕方ないなあといった表情で手を離す。
愉しみは他にもあるから。
「肌が汗ばんでいるよ、ユーリ。暑いの?」
それなら涼しくしてあげるから、と、サラレギーはまた鋏を取って、ユーリの衣服を完全に取り去りにかかった。不自然な体勢で立たされたままのユーリの足は、力を失いかけている。それを見透かしたかのように、堂々とサラレギーはその足を撫で、服を切り裂いた。
「ああ…ユーリの下着は黒なんだね」
手触りの良さとユーリの反応とを、サラレギーはまとめて楽しむ。
「でも邪魔でしょう? だって、こんなになってるから…」
白い手がユーリの下腹を通過して、結び目にかかった。
「やっ…やめろ!」
勿論、無視された。結び目がするりと解かれ、足の付け根が露出する。サラレギーの手は躊躇なくユーリの下着を解くと、これまた躊躇なくその指を、緩く立ち上がった雄に絡ませた。
悪夢のようだった。合意の上ではない性行為と、そして、それに応えている自分の身体。
「やめっ…あっ、や…だ……!」
「どうして? だって、気持ちいいんでしょう?」
サラレギーの言葉はそのまま真実だった。
自分で行う場合を上回る快感に      快感、と認めざるを得ない      ユーリの身体は抗えずにいる。
「ユーリの身体はそう言っているじゃない」
どうにかしたい。しかし、どうにもならない。
「……好きに、しろよ…」
荒い吐息の合間にユーリははっきりとそう言い放つ。
「…おれは絶対、『いい』なんて言わないからな…」
心を全て明け渡す事は絶対にしない。
サラレギーの目が眼鏡の奥で、すっと冷たく細められた。
「…そう」
本心からのものだったとはいえ、ユーリはそんな事を言うべきではなかったのだ。サラレギーの前に壁を設けたつもりであったが、相手はそれを突き崩す事に愉悦を覚えているのだから。

「そんな事、出来る筈がないじゃない」

その矜持を粉砕してみせる、と、宣言するかのような眼差しを、サラレギーはユーリに叩き付けた。
その時、初めて外部からの物音が聞こえた。部屋のドアが外からノックされた。
「お呼びですか」
「うん、入っていいよ」

この声は…

「失礼致します」
薄茶の輝きを、その目に捉えた。それが驚愕の色に染まり、見開かれる。
瞳の主の歩みが止まり、彼の思考回路が凍った。
殆ど裸で天井から吊されたユーリと、そのユーリを弄ぶサラレギーの姿。
何をしているのか、等という間の抜けた疑問が、彼の頭の中に浮かぶ。
複雑な感情が逆巻いて、コンラッドの脳を灼いた。
「わざわざすまないね。ウェラー卿」
振り向きざまに笑顔で労うサラレギーの声で、コンラッドは我に返り、視線を2人から外した。あからさまに顔を背ければ非礼にあたる為、直視しないように努めるしかない。
「俺に…用がおありだとか?」
しかし、コンラッドは動揺を完全に隠す事が出来なかった。
「うん、そこで少し待っていてね」
サラレギーの視線がユーリに戻る。双眸に酷薄さがつのる。
「サ、サラっ、やめてくれ!」
「そんなの今更でしょう? いいじゃない。貴方だって果てたがっているんだから」
コンラッドの出現でユーリが狼狽える姿は、サラレギーをより愉しませる結果になった。
高みに追いやられ、思わず声を上げそうになるのを、ユーリは目を閉じて堪えた。必死だった。
だがユーリが耐えようとすればする程、それを突き崩す征服感をサラレギーに求めさせる事になる。
「目を開けて、ユーリ。もうこんなに溢れているよ?」
ユーリは瞼を閉じたまま、首を左右に振った。その反応は別にサラレギーの気分を害しはしなかった。コンラッドにもその声は聞こえているのだから。
サラレギーがユーリの身体に我が身を寄せる。ユーリの身体を弄くっていた手をその背後に回し、するりと最奥へ滑らした。
「!? ば、ばかっ! 何処触って…」
言葉は途中で途切れ、他人に…少なくとも今目の前にいる2人には絶対に聞かせたくないような声が、ユーリの口から出てしまった。一度出ると、容易には止まらなかった。
このような行為に悦ぶ浅ましい自分を、コンラッドはどう思うだろうか?
かつては心を許していただけに、そして今は袂を分かっただけに、彼にだけはこんな姿を見られたくなかった…。
「かわいいね、ユーリは。ねえ、ウェラー卿もそう思わない?」
話を振られても、コンラッドは返答らしい返答をしなかった。彼は次第に2人から…正確には、ユーリの方から顔を背けていた。
「…ご用がないのなら、俺は失礼したいのですが」
「もう少し待っていて」
コンラッドの視界の外で、サラレギーの物とおぼしき足音がする。物音がした後、彼がこんな言葉を口にした。
「ユーリ、力を抜いて。舌を噛まないでね」
その直後、ユーリが息を飲む音がした。
「っ…うあっ…や、や…サラ…!」
「ユーリの中は狭いね。…ねえ、もう少し力を抜けない? 無理? なら仕方ないね」
ユーリの悲鳴が上がった。苦痛しか感じていないような声を上げ、合間に荒く息をついているのが、コンラッドには聞き取れた。
「ウェラー卿」
サラレギーの冷静で楽しそうな呼び声。
「ウェラー卿ってば」
「…」
コンラッドは正面を向いた。
サラレギーよりも先に、ユーリと視線が一致した。
涙をたたえた目が訴えていた。見るな、と。
ユーリが感じているだろう苦痛に構わず、サラレギーはユーリを後ろから強引に貫いていく。
漆黒の目から溢れた涙が頬を伝い、首に流れる。ユーリのそんな姿は痛ましくて哀れを誘ったが、同時に凄艶でもあった。
…目を背けられない。
「ウェラー卿、どう? ユーリは綺麗でしょう?」
サラレギーの腰に置いていた手が前方に移動し、ユーリの自身を捉える。ごまかしようの無い程にそれは、ユーリの身体の昂まりを如実に示していた。
そんなサラレギーに汚されて涙を流しながらも情欲を覚えているユーリの姿を見ていると、自分が目撃している事態の異常性に、コンラッドの頭は混乱してくる。
次のサラレギーの言葉は、その混乱に拍車をかけた。
「どうせだから、貴方もどう?」
混乱したコンラッドとユーリは、その台詞の意味を察しかねた。
「ユーリ、ウェラー卿の事も気持ちよくしてあげて。口でね」
「…な…」
ユーリの言おうとした言葉ははっきりと口に出される事はなく、痛みのこもった声に変わった。
サラレギーは息の乱れていない口調ではっきりと言った。
「ウェラー卿、ちょっとこっちに来て」
そう言われてもコンラッドに行ける訳がなかった。並の倫理観の持ち主なら、誰でもそうだったろう。
「嫌なの? まあ、貴方が嫌なら、他の人に頼むけれど…」
コンラッドの表情が強張ったのに気づいたのは、サラレギーだけであった。ユーリは自分の体の痛みをやり過ごそうとするので精一杯で、正面を正視してはいられなかった。
「ユーリは美しいから、きっと他の人は喜んで貴方を愛してくれるよね、ユーリ」
台詞そのものは一見ユーリに向けたものであったが、その目線はコンラッドに向いていた。
痛感に目を閉じていたユーリだったが、足音が聞こえて目を開ける。
コンラッドが無言で部屋の端から、ユーリの元へと寄ってくる光景が映った。

…うそだろ?

サラレギーは満足げに笑い、ユーリを吊り上げていた紐を外した。
均衡を失って前のめりに倒れるユーリの身体を、コンラッドが受け止めた。両脚が折れ、膝が床につく。
ユーリの両手は床に置かれた。手首が縛られたままだった。
見上げれば、自分を見下ろすコンラッドがいる。彼は鬱そうな表情と動作で、自分の衣服を緩め始めた。

い…いやだ…。

ユーリは現状に絶望感を抱きながらもぎゅっと目を閉じて俯いていた。
自分が安易に屈しない事を予想した上で、自分の心を引き裂く為に、サラレギーはコンラッドを呼びつけたのだと、ユーリは悟った。
「ユーリ」
サラレギーが前に手を回してユーリの花芯を握りこんだ。痛い程に。
「いっ…痛、痛いっ!」
耐えかねてユーリが声を上げる。
「ちゃんとウェラー卿のを咥えて、ね?」
ユーリは首を横に振って拒んだ。サラレギーに屈するつもりはなかった。言葉で負ける事はあったとしても、暴力で屈する事は絶対に出来ない。
「ユーリったら」
「構いませんよ」
コンラッドが片手でユーリの鼻をつまんで上を向かせると、がくんと顎が下がり、嫌でもユーリの口が開いた。そこにコンラッドは自身を押し込んだ。
ユーリの眼から涙が流れた。悔しさと悲しさと、それに対して何も出来ない現状の自分への怒り。それらを包含した涙だった。

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話中の舞台はあまり正確に考えていないのですが、多分、船の上か、聖砂国に着いた後か、どっちかです(決めとけよ自分…てか、ヨザは何処に…?)。
しっかしまあ、背景のひよこの可愛さとアンバランスな、何ともひどい内容の話ですね。次もひどいので、お嫌な方はお戻りになって下さい。
おハナつまみ方式がエロいかお笑いかで、身内で意見が分かれました。絵描き身内は「エロい」と言い、モノカキ身内は「何か笑える」と言いました。元軍人のコンならおハナ法だろう、と言う事で決めたのですが。