永遠ではないけれど
「ここに来たばかりの頃は、もう少し余裕があったんだがな」
ティバーンはそう言いながら、リュシオンの肩をもう少し抱き寄せてやった。
「あんまり端だと、ベッドから落ちるぞ。もう少しこっちに来い」
「はい」
そう言ってもぞもぞと寝台の上を動いて、リュシオンがティバーンの傍にすり寄った。
今夜二人がこうして一緒に寝る事になったのには、そういうリュシオンの申し出があったからである。共に暮らせる最後の日の晩を、貴方と一緒に寝たい…そんな子供のような願いをする自分をリュシオンはどこか恥じていたようだったが、ティバーンは快くそれを了承した。
「寒くないか?」
「はい、大丈夫です」
リュシオンはそう答えた。フェニキスで過ごす最後の晩という事と、幼少期以来久しぶりにティバーンと一緒に寝るという事で、少し興奮気味にあるらしい。眠気などこれっぽっちも感じさせないくらい口調がはきはきしていて、ともすれば眠たそうに見えるティバーンの今の穏やかな口調とは対照的だった。
ティバーンはリュシオンと向かい合うように横に寝たまま、手でリュシオンの頭を撫でた。そうするとリュシオンがくすぐったそうに頭を動かして笑い、ティバーンにもっと近づいてくる。ティバーンが腕枕をしてやるとリュシオンは素直にその腕に頭を載せて、そしてほっとしたように微笑んだ。
「お前…ここに来たばかりの頃は、まだ今よりもずっとちっこくて、下手すると俺の方が潰しちまいそうなくらいだったっけな」
「そうでしたね。あの頃の私は、どんなに背伸びしても、貴方の顔に手も届かないくらいの背丈でした」
「そうだな…」
リュシオンがフェニキスに来たばかりの頃は、こうしてよく一緒に寝たものだった。当時のリュシオンはあまり喋らない方で、ティバーンの言葉に古代語で返事をする以外は、終始昼夜問わず黙りこくっていた。それだけにティバーンはリュシオンが何を考えているかを読めず、様々な突発事に悩まされる羽目になった訳だが…後で当のリュシオンが漏らしたところによると、古代語しか話せなかったあの頃は周囲に自分の意志がなかなか伝わらず、苛立つと同時に心細かったらしい。だから体の具合が悪くなった時もそれをどう訴えたらいいか分からなくて、結果的に夜通しティバーンに付き添われるという病態にまで陥ってしまったのだそうだ。
最も、古代語が通じる相手がティバーンしかいなかった事もあり、リュシオンがティバーンに心を開くまでにはそれ程時間はかからなかった。リュシオンがフェニキスでの生活と鷹の民の性質を知り、そして現代語をそれなりに話せるようになった頃には、二人が一緒に寝る必要もなくなっていた。まあそれでも手のかかる子供である点だけは何故か変わりなく、目を離すととんでもない行動をやらかしてはいた。それは今もあまり変わらない。
しかしながら、これがリュシオンを子供扱いする最後の晩だと、ティバーンは自分で決めていた。戦場に出て世間をそれなりに知ったリュシオンはもう半人前ではなく、だからこそ、ガリアへ行かせた後は一人前の王族として対等に接するべきだと思っていた。
…むしろ、ずっと子供扱い出来ていたならば、弟か何かのように思えていたならばどんなに良かっただろう。
だが、こうして枕に頭を埋めて自分と言葉を交わすリュシオンの姿は、今のティバーンの目にはあらゆる意味で子供として映らない。彼の感情にかかっていた靄は今度の戦争のあれやこれで良くも悪くも吹き飛ばされ、後見人の立場に不相応な感情が露わになってしまった。
だから、もう子供扱いは出来ない。
「明日ガリアへ経ったら発ったら、貴方はすぐにお帰りになられるのですよね」
リュシオンが口を開いた。蘇ったセリノスの森林を彷彿とさせる緑色の眼が、彼の寂しさをよく表して振れていた。
「……今度はいつ、貴方と会えるでしょうか」
「ガリアとフェニキス…そんなに遠くはないんだ。会いに行こうと思えばそれこそ、ひとっ飛びで会いに行ける」
「では、会いに来てもいいのですか?」
「もちろん。だが、一人で来るのは無しだからな」
「そんな! それでは…獣牙族に同行を頼む訳にもいきませんし…私の方からは会いに行けないではありませんか!」
「むくれるなよリュシオン。俺の方から会いに行くさ」
「本当ですか?」
「…本当だ。とは言っても、あんまり俺が国を空ける訳にもいかねえけどな」
「分かっています。でも、たまには…会いに来てくださいますよね?」
「ああ」
ティバーンはそう答えると、リュシオンの頭を撫でた。
「さ、もう寝ろよ。明日は早い。飛んでる最中にリアーネより先にばてたら、まずいだろ?」
「はい。おやすみなさい、ティバーン」
そう言うと、リュシオンが体を丸めて目を閉じた。長い睫毛の影が頬に落ちるのを間近で目にして、ティバーンは改めてリュシオンの成長を感じた。
たまに様子見に行くことぐらいは許されるだろう。後見人の立場を越えない限りは。だが、リュシオンが望む程頻繁には会いに行かないだろうと、ティバーンは心の中で思った。
あの曖昧な感情を抱えた日々。それがどれだけ貴重なものであったのか、今になって気づくとは思わなかった。
しかし、どれだけあの頃を懐かしんだとしても、もうあの頃の関係には戻れない。リュシオンへの気持ちに気づいてしまった時、彼との別離を決意しなくてはならなくなったのだ。
今のティバーンには、己の気持ちを欺くのがやっとだ。この先リュシオンを傍に置いておいたら、自分は庇護者の立場を越えてしまいかねない。
彼とリュシオンが行く道は同じではない。今までは二人近くに寄り添えていたが、この先は分かれ道だ。
リュシオンは森で生き、ティバーンはフェニキスで生きる。同じ方向を見る事は出来ても、同じ道は歩けないのだ。決して。


お互い、生きる時間はまだ十分に残されている。出会う機会も無限にある。
永遠の別れなどではないけれど。
けれど…もし許されることならば、ずっと一緒にいたかった。
蒼炎ED後、鷹鷺の別離。まあ本格的な別離だと思っていたのは、ティバーン様だけですがね!

あ、鷹王の自覚編をすっ飛ばしてしまったので、説明しておきます。
蒼炎でリュシオンがオリヴァー様に売り飛ばされて、その後グレイル傭兵団と一緒に行ってしまったという経緯の中で、ティバーン様はようやっと自分の気持ちを自覚した…というのがうちの設定です。
上記の辺りは話としてまとまらなかったので書かない事にしたのですが、まとまったら書くかもしれません。