なんか、むずかしい二人
若造だった頃、鳥翼族の会合ではラフィエルと共に子供達の面倒を看る役割を担っていたから、リュシオンのことは幼少の頃から知っていた。
しかしお互い、あまり積極的に関わろうとはしなかったと記憶している。
まだ未熟で鷺に関する理解も浅かったティバーンにとって、年長のラフィエルはともかく、まだ幼いリュシオンやリアーネについては些か構いにくい所があった。鷺の美しさはともかく、彼らの備える呪歌謡いの能力にしても心を読む力にしても、そしてか弱い躯についても、とにかく接し方に困る事が多かった。二人に比べればこましゃくれたネサラの方が余程扱いやすいものだったが、この鴉のマセガキは年長のティバーンに兄貴風を吹かされるのが余程気に入らないらしく、ティバーンが頭を撫でてこようものならその手を振り払って全速力で逃げ出すような有様だった。
ネサラ、リュシオン、そしてリアーネ。この三人はつるんで遊んでいたが、ティバーンの目から見ると、三人の中では年上にあたるネサラが主導権を握っている風だった。異種族のネサラにリュシオンとリアーネは随分なついていて、三人はいつも一緒に遊び、バラバラになる事は滅多になかった。
ただし時々、ネサラとリュシオンはリアーネを残し、二人で遊びに行く事があった。そうやって二人がリアーネを置いて行く時は、大抵は何か危なっかしい遊びをしようとしている時だった。そしてそうなればティバーンが二人を捜して連れ戻し、ラフィエルと一緒に二人を叱っていたものだった。
ティバーンの目から見ると、リュシオンは鷺としては少し感情が激しかったが、それ以外はいたって普通の子供だった。ラフィエルやリーリアが持つような優美さや神秘性など欠片もなかったが、それはまだ幼かったからだろう。
それでもティバーンがリュシオンと遊ぶ事はあまりなかった。と言うのも、リュシオンは年上のティバーンより同年代のネサラにべったり懐いていて、それこそ兄や姉たちよりネサラと遊んでばかりいたからである。
だから、あのまま平穏な日々が続きさえしていれば、自分とリュシオンは殆ど関わる事がなかったのではないか、とティバーンは思う。
しかし現実は違う。
セリノスの大虐殺によって父王を除く全てを失ったリュシオンは、フェニキス王となったティバーンに保護された。
そうしてフェニキスでロライゼ王が心痛から昏睡状態に陥ってしまうと、ティバーンが幼いリュシオンの後見を務める事になった。
鷺も子供も嫌いではなかったが、当初は不安に思ったものである…こんな繊細な種族を、自分が育てられるものだろうかと。
だが実際手元に置いてみると、ティバーンの予想とは大きくかけ離れた点でリュシオンは手のかかる少年だった。
リュシオンの大虐殺による絶望とニンゲンへの憎悪は、【正】の気の強い鷺の身には耐え難いほどの【負】の気を呼び、幾度となく彼を倒れさせた。だからといってリュシオンがベグニオンに対する復讐心を捨てられる筈もなく、フェニキスを単身飛びだそうという無謀な試みを数え切れない程繰り返した。もうそれこそ、目を離せばどうなるか分からない有様だったのだ。
随分とこちらを困らせてくれる存在ではあったが、それでもティバーンはリュシオンが可愛かった。冤罪で国を滅ぼされ一族を失い、残った父王もこのまま亡くなるかもしれないという状況下、異国の地で生きるリュシオンのことが愛おしかった。そしてそれは他の鷹の民も同じ事で、いつしかリュシオンは【白の王子】という名で呼ばれる様になり、フェニキスの地で大切に育まれていった――筈なのだが。



どこか育て方を間違ったのではないだろうか、と思うのだ。最近。





「リュシオンが倒れたって?」
ティバーンはリュシオンの部屋に駆けつけるなり、リュシオンの傍についていたヤナフとウルキに訊いた。
彼らが佇んでいる目の前には寝台があって、そこにリュシオンが横たわっている。眠っている様だったが、まだあどけなさの残る顔は血色を失って青ざめ、ただでさえ色の白い肌が羽の色とそう変わらなく見える。
「医者は何て言ってたんだ?」
「疲れが出たのだろう、と言ってました」
ヤナフが答えた。無口な相方とは対照的にいつも快活な彼が、今は消沈している。そして無口な相方ウルキの方はというと、ただでさえ険しい表情が、今にも死にそうな程深刻なものになっていた。
「……申し訳ございません、王……」
「おれとウルキの監督不行届でした。もう、何の為に【白の王子】のお供について行ったんだか……」
「って、言われてもな……こうなった経緯が分からなきゃ、俺としては、お前ら二人に謝られても困る。何があったんだ?」
すると、【王の目】と【耳】は互いをちらりと見合った。その様子から、これは何かあったなとティバーンは幼なじみの勘で悟る。
話しやすいように場所を変える事にし、三人はそっと音を立てない様にして廊下の外へと出た。そうすると、ヤナフの方から事の次第を説明し始めた。
「今日の散歩は王子のご希望で、少し距離を伸ばしたんですよ」
「またか。ここんとこ、あいつ無茶し過ぎじゃねえか?」
「……王子は……こんな軟弱な体は嫌だ。王みたいな体になりたい、と仰っていました。この間の事件で随分問題を起こしてしまったから、今度は地道に体を鍛えてやるのだと……」
やっぱりまだ諦めてなかったのか、と、ティバーンは内心で思った。先日、肉などを食べて生死の境を彷徨った時点で、諦めてくれたものかと思っていたのだが。
「それで?」
「王子は、いつになく体の調子がいいからと、距離を伸ばしたがり……」
「もう帰りましょう王子、いやもう少しだけ、もう帰りましょう王子、いやもう少しだけ……ってやり取りをおれたちと王子とで繰り返してる内に、領海に至るか……というところにまで来てしまったんです」
「そこで何とか、私とヤナフとでお帰り頂きました」
「……もう少し先まで行っちまうと、ベグニオンの船が見えそうだったもんで」
ヤナフが付け足した言葉に、ティバーンは眉をひそめた。
「帝国の船か……」
「無論、正式な旗は上げてませんでしたがね。でも、あのキルヴァスの鴉共の目前で、ニンゲン共が船に品を運び込んでいるのは見ましたよ」
ヤナフが吐き捨てるように言った。
ティバーンがウルキを見ると、ウルキは無言で頷く。彼の方は、帝国のニンゲンと鴉の会話を聞き取ったのだろう。どんなやり取りをしていたのかは容易に想像出来る……つくづくキルヴァスも地に墜ちたものだ。
「それは、リュシオンの奴は見てねえんだろうな?」
「……はい。王子にお見せしたくなかったからこそ、急いでお帰り頂いたものですから……」
「そうか……ならいい」
ティバーンはほっとした。
そんな光景を実際に目の当たりにしてしまえば、リュシオンは動揺して【負】の気に囚われ倒れかねない。幼なじみの鴉王がニンゲンと商売しているという話を聞いた時、そうなった様に。
リュシオンは王位に就いたネサラの評判を聞いて以来、彼の事を口にしない。彼に会いに行きたいとも言わないし、例えフェニキスにネサラが来訪するような事があっても、口も聞こうとしない。ネサラもリュシオンが目に入らないかのように振る舞うばかりで、その辺りの二人の心情は、ティバーンには測りかねる部分があった。
だが何にせよ、リュシオンがネサラの事を忘れていない事は確かだ……ただ、幼なじみがニンゲンと商売している事が許せず、意地を張っているだけなのだ。
「なら……今日のリュシオンはただ疲れが出たってだけで、鴉共にどうこうされたって訳じゃねえんだな?」
と、一応ティバーンは訊いてみた。
「そりゃ勿論ですよ。そんな事があったら、おれたちの命にかけても、鴉共の嘴の先も【白の王子】には触れさせませんって」
「……ですが、散歩の方角にもう少し気を遣うべきでした」
そう言ってヤナフと共に謝罪の言葉を述べようとした時、ウルキが少し顔を上げた。
「どうした、ウルキ?」
「……王子がお目覚めになったようです」
それを受けてティバーン達三人が部屋の中へ戻ると、リュシオンが寝台の上に起き直っていた。気がついたばかりでまた事態がよく飲み込めないのか、呆けたような表情をしている。
「……ティバーン……」
「気がついたか」
「……」
リュシオンはティバーンを見て、次にその後ろに控えている彼の側近二人を見た。そうすると自分が倒れた経緯を思い出してきたらしく、しゅんと俯いた。
「すみません、ティバーン……少し無理をし過ぎました」
「そうだな。今度からは気をつけろ、散歩するなとは言わんから」
そう言って、ティバーンは軽くリュシオンの頭を撫でた。
「……ヤナフ、ウルキ、お前たちにも迷惑をかけたな。すまない……」
「……いえ……」
「……【白の王子】、もう少しお休みになられててはどうです?」
ヤナフがそう提案する。
「そうだな。ヤナフの言う通り、夕食までもう少し寝てた方がいい」
そう言ってティバーンはリュシオンの頭から手を離したのだが、するとリュシオンは心許なげな声を漏らした。
「どうした、リュシオン?」
「……」
リュシオンは黙りこくってしまった。
ティバーンは側近二人を見た。それだけで二人には意味が通じた。二人は黙って席を外し、ティバーンはリュシオンが起きている寝台の端に腰を下ろすと、リュシオンの髪に手を伸ばした。
起き抜けであるせいでやや乱れた髪を直してやりながら、その色の淡さに改めて目を見張る。どこもかしこも繊細な造りをしているリュシオンだが、彼の体の内にあるのは、誇り高く激しい心だ。
だが、その心が今日は妙にしおれている。その事がティバーンの気にかかるのだ。
……ヤナフとウルキはああ言っていたが、リュシオンが倒れた原因は他にあるのではないだろうか。単なる過労とはもっと別の、二人が気づかなかったような何かが。例の心を読む力で、ヤナフとウルキが自分を帰らせようとした理由を知ってしまったとか。
「……どうしたんだ、リュシオン?」
「……少し、貴方に傍にいてほしくて」
何かあったな。ティバーンは確信した。
しかしながら、それを正面切って尋ねるような事はしなかった。嘘をつけないという鷺の性質を考えると、ここでティバーンが何かあったのかと問えば、リュシオンはそれに頷くしかなくなる。それはずるいし、可哀想だ。
「こっちに来いよ」
「いいのですか?」
「断った事があったか?」
リュシオンはシーツの上を這ってティバーンの傍にすり寄り、彼の腕にしがみついた。少年期を脱しかけたリュシオンの体はまだ小さく、こうしていても頭の高さはティバーンの肩先にやっと届く程度である。完全に安定しているとはいえない体勢ながら、それでも安心出来たのか、リュシオンの表情が少しだけ和らいだ。
「寝なくて大丈夫か、リュシオン?」
「はい。貴方が傍にいて下さるとほっとしますから」
「そうか……」
「……ティバーン」
「うん?」
「今度は……今度からはもっと気をつけます」
「そうか……でも無理はするなよ?」
「はい。でも、だんだん遠くまで飛べるようになってきているのですよ。まだ速くはありませんが、そのうち貴方に負けないくらい飛べるようになってみせます」
自分で言うのも何だが、そりゃあ鷺には高すぎる目標だろうとティバーンは思った。
だが、リュシオンのこういう心意気自体は嫌いではない。もちろん、あくまで無謀な行動に出なければ、の話だが。
ティバーンはそっと力を加減してリュシオンの肩を抱いてやった。
最近のティバーンには、リュシオンと接していると、説明のつかない感情が湧く事があった。気のせいだと自分に言い聞かせて振り払ってしまえばそれで済むのだが、それが何度も続くと不安定な気持ちにさせられてしまう。
こいつが変に綺麗になってきたからだろうな……と、ティバーンは思う。
幼いリュシオンが歳を重ねるごとに目を見張る様な容貌になってきているのは、流石、この世で最も美しいと謳われる鷺の一族だというべきか。最もリュシオンの場合……口を開けばとにかく気が強くて頑固で、すっかり鷺らしからぬ性格になってしまっているが。
所詮自分はリュシオンの後見人であり、彼の親や兄の代わりに過ぎない。ティバーンはその事をきちんと心得ていたし、例え一部の口さがない者達にどう噂されようと、二人の間には後見人と被後見人の間を越える関係は何もない。それはこれからも変わらないだろう……今やセリノス王家の存続はリュシオンの双肩にかかっており、彼はいつか伴侶を見つけ、このフェニキスの地から飛び立つ定めにあるのだから。
「まあ、無理せず気長にやるといいさ。無理して急いで大人になろうとする事もないんだからな」
「しかし、鷹の民の寿命は鷺の民より短いのでしょう? いつまでも私が貴方のお世話になっている訳にはいきません。貴方は毎日お忙しいのでしょう? それこそ、つがいの相手を見つける暇もない程に」
「……は?」
白鷺の王子が口にした最後の一文。それはニンゲンの用いるシューター並の衝撃を以てしてティバーンを放心させた。
「……リュシオン? 今、なんつった?」
「前に、とある鷹の民が話しているのを聞いたのです。『鷹王がつがいの相手をお迎えなさらないのは、【白の王子】の教育にあまりに熱心だからなのだ』、と……」
「……」
リュシオンは何ら気がついていないのだろうが、何だか妙に含みのある言い方ではないか。ティバーンは噂の主を殴り倒してやりたいと心底思ったが、しかし、その怒りをリュシオンに悟られない程度に何とか収めた。
「……まあ、なんつうか、そんな事は気にすんなよ。別にお前のせいじゃないんだ。それに俺は、絶対につがいの相手を見つけなきゃならん訳でもないしな」
鷺や竜鱗族は別として、鷹は他のラグズと同様、血脈と力の強さに因果関係を持たない種族である。強さこそが王の資格であり、血は意味をなさない。だから王とはいえ、つがいの相手を見つけて子を為す義務はティバーンにはない。リュシオンがそこらの事情を理解していない筈はないのだろうが、鷺である彼は、一種族の王がつがいの相手を持たないという事に違和感を抱かずにはいられないのかもしれない。
「でも、私は貴方の邪魔にはなりたくありません」
必死で言い募るリュシオンの緑の瞳は、ひたすらに無垢だった。そういう健気なことを言ってくれるのは率直に嬉しいのだが、内容にもよるのだという事ぐらいは、心を読むなり何なりして解ってほしい。
何でよりにもよってそんな心配するんだ。ティバーンは心中で叫んだ。
それと同時に、そんな事を心中で叫んでしまう分不相応な自分に自己嫌悪した。

……お前にとっちゃ、俺は歳の離れた兄貴ぐらいにしか思えないんだろうな……当然のことだが。
いや、俺の方も弟ぐらいにしか思っちゃいないんだが、何なんだこの訳の分からんやるせなさは。

「ティバーン? どうかなさったのですか」
「……いや……ちょっとな……」
ティバーンははあ、と溜息をついた。
リュシオンが自分の想像を超えてとんでもない事をやらかした時、彼はいつもこう感じてきた……どこか育て方を間違っただろうか、と。
しかし最近ではこう思う。どこか付き合い方を間違えたのではないだろうか、と。



その次の日、リュシオンは一人で訓練場に出向いた。
そこではヤナフとウルキが若い連中に稽古を付けてやっている。童顔なヤナフも物静かなウルキも、若年ながら鷹の戦士の中では相当な手練れである。それなりに年齢と経験を積んだ戦士であっても二人に傷一つつけられず、あっさり組み伏せられる事もある程だ。リュシオンが現れた時には、化身状態のウルキが息一つ荒げずに若い鷹を地面に叩き落としており、ヤナフが他の鷹と共にそれを見ていた所であった。
セリノスの【白の王子】が姿を見せた途端、訓練場が一瞬静まりかえる。その理由がどこにあるのかリュシオン自身は知らないまま、彼は目的のヤナフの下へと飛んでいく。その姿を若い鷹の連中の視線が追っていく……純白の翼に光るような金の髪。ベグニオンの貴族の中には大金を積んででも鷺を欲しがるニンゲンがいるというが、同じラグズであっても、この美しさには惹かれるものがある。
「【白の王子】、どうなさったんです?」
同年代の鷹と話をしていたヤナフだったが、皆に休憩を宣言してからリュシオンの下に飛んでくる。ウルキも訓練相手の鷹に二言三言声をかけた後、こちらに寄ってきた。
「ヤナフ、ウルキ。昨日はお前たちに迷惑をかけた。だからその詫びに、お前達に呪歌を謡おうと思ってな。良ければ、聞いてくれないか?」
「おれたちに、ですか?」
「ああ、ティバーンの許可は取ってある」
と、リュシオンは付け足した。
昨日の事は仕事だったのだし、リュシオンの方が詫びる事もないとヤナフもウルキも思った。しかし断って王子の面子を潰すのも何だし、今日の王子は体調も良さそうだし、何より王がいいと仰っているのならまあいいだろう。リュシオンに気を遣いすぎるのは、かえって彼の誇りを傷つけるだけだ。
「それじゃあ、喜んで聞かせて頂く事にします。な、ウルキ?」
「……ああ……」
「そうか、聞いてくれるか。ならば……場所はどうする?」
「ここでどうです? どうせなら、若い連中にも聞かせてやって下さい。王子の呪歌を聞いた事ないのも沢山いる筈なんで」
「そうだな。分かった、任せろ。【再動】の呪歌を謡う事にする」
リュシオンは随分意気込んだ様子で答え、少し足を開いた状態で立ち、気を落ち着けた。
他者に活力を与える【再動】の呪歌。訓練の休憩に聞かせるにはうってつけだろう。謡う側としても、それ程体力を使わないし。
リュシオンはまだ幼く、ゆえに呪歌謡いとしてはまだ一人前ではない。年月を経て成長すれば、その身に流れる呪歌謡いとしての血により、もっと多くの呪歌を身につけていくだろう。しかしながら、身体にかかる負担が小さい呪歌から身についていくという訳ではない。その為、リュシオンがフェニキスに来たばかりの頃は、ティバーンはむやみにリュシオンが呪歌を謡う事を禁じていた。かつて父兄がそう諭していたように。
ここ数年でリュシオンは、自分の力が戦場で有用であり、役に立つのだという事に気づきつつあった。他者の体調を変調させる【哀隣】の呪歌、ラグズの気を安定させて化身を長引かせる【勇武】の呪歌、あらゆる傷を癒す【快癒】の呪歌……どれもまだ幼いリュシオンには謡えないが、そもそも【正】の気が強いリュシオンは、そこに黙っているだけで他者の傷の回復を促す事が出来る。まあ最も、その代わりに彼自身が【負】の気にあてられてしまうのだが。
……もし兄が生きていたとして、その兄がこんな自分の考えを聞いたら、どんなにか嘆く事だろうとは思う。
しかし他に、今の自分には出来る事がないのだ。ティバーンは自分を大事にしてくれるが、それだけではこの苦痛は拭えない。だから役に立とうと思うのだが、そう思うあまり無理をして【負】の気にあてられて倒れようものなら、かえってティバーンに迷惑をかけるだけである。
もっと強くなりたい。ティバーンの役に立ちたい……リュシオンがそう思う理由は、単にティバーンに恩義を感じているからというだけではなく、それ以上に彼を深く尊敬しているからだ。
だから、ティバーンの邪魔にはなりたくない。いつまでも手をかけさせたくはない。心からそう思っているのに、実際はいつまで経っても迷惑をかけ通しなのが、リュシオンとしてはとても辛かった。



謡い終わって帰り際、リュシオンはふと思い出して二人にこう訊いた。
「そういえば、お前達なら知っていると思うから訊くのだが」
「ん、何ですか?」
「ティバーンがつがいの相手を迎えられないのは、私の世話に忙しいからだという噂は本当なのだろうか?」
ヤナフとウルキは目を見合わせた。
「どうした、二人とも」
「いえ。ただ……そんな噂もあったなあと思いまして……王子のお耳にも入ってらしたんですね」
「……本当と言えば本当ですが、嘘と言えば嘘なような……」
「何せ、本人が無自覚だからなあ」
リュシオンには全く理解出来ない会話をしているヤナフとウルキである。
「……何だかよく解らないが、つまりどうなのだ? 私がティバーンの邪魔になっているという事は、ないのだろうか?」
「そんな事ありませんよ。単に王が鈍いだけで……」
「は?」
「いやいやいや、何でもないです。とにかく王子のせいじゃありませんから、ご安心下さい」
「そうか」
「ええ、そうです」
ヤナフとウルキは熱心に頷いた。
しかし、リュシオンは何だか疑わしげな目で二人を見ている。心を読まれたか、と二人は同時に同じ思いを抱いた。
「……本当なのだろうな? ティバーンもそうだが、お前達二人も、私に嘘をつく事があるからな……いや、私を気遣ってくれているからだという事は解っているぞ。昨日の事もそういう理由で私を帰したのだろう?」
「……読まれてましたか」
「むやみに読まないようにはしている。しかし二人とも、心の閉ざし方がまだまだだな。ティバーンはもっとお上手だ……だからこうしてお前達に訊いているわけだが」
「王は鷺の方々と、昔から付き合いがありましたからね」
「……私とウルキが初めて目にする鷺は、王子でしたから」
まだリュシオンが来たばかりの頃は、話に聞いていた鷺の性質とかけ離れた言動を見せるリュシオンに、二人は戸惑わされる事が多かった。今もそうかもしれない。
「鷺だからといって、私はそんなに弱い中身をしていないぞ。ネサラがしているあの事で、今更動じたりはしない」
動じたからこそ、体調を崩されたのではないんですか……二人はそう訊きたかったが、訊いてもリュシオンは頑として認めようとはしないのだろう。本当に気の強い白鷺である。そこが可愛らしくもあり、また、困りものでもあるのだが。
「……それよりも、つがいの事だが…ひょっとして、私はティバーンに余計なことを訊いてしまったのではないだろうか。ティバーンを不快にさせたのではないかと、今になってそう思うのだ」
まあ余計な事には違いないな、と、ウルキとヤナフは思った。いつ結婚するのかなどという話、ティバーンはリュシオンの口からだけは聞きたくなかっただろう。これまたティバーン本人は認めないだろうが……側近たちとしては、つくづく、何処かすれ違っている二人だなあと思わずにはいられない。
「うーん、でも王子がそんなに落ち込む事ないですって! 別に、王は怒ってた訳ではないと思いますよ」
「……唐突にそういう話題を振られて、王も驚かれただけでしょう……」
「そうそう、ウルキの言う通り」
多分落ち込んでただけですから……二人は心の中でそう付け足した。
「本当か?」
二人はこくこくと頷いた。すると今度はリュシオンも素直に信じる気になったのか、笑顔を浮かべた。まだ幼さの抜けきらない笑顔だが、そのうちびっくりする程綺麗になるのは容易に想像出来る。そうなれば……鷹王も、いつまでも自分をごまかす訳にはいかないだろう。
「では、ティバーンには実際にそういう相手がいらっしゃらないのだな?」
「おっ、気になりますか。王子?」
「ああ。ティバーンの邪魔にはなりたくないのだが……」
「?」





「……本当は私は、ティバーンの傍にずっといたいとも思っているんだ」







(終)
蒼炎&暁クリア記念。妄想し過ぎ夢見過ぎですみません。鷹鷺大好きです。