よい子の昔話〜つるのおんがえし(1)〜
むかーし、むかしのお話です。

グラドという国に1人の将軍様がいました。将軍様は小鬢にちらほらと白髪が覗く50ピー歳(推定)になるというのにとても元気で、暇を見ては見回りや山賊狩りを行っていました。

ある日の事、将軍様は見回りの途中、切り株に腰を下ろしている顔色の悪い男の人を見かけました。
歳の頃は20代半ばを過ぎた頃でしょうか。厚手のマントをすっぽりと頭までかぶっています。辺りには村もなかったのですが、旅人にしては軽装です。将軍様は不思議に思い、随兵の1人に声を掛けさせました。
「そこの者、お前は旅人か?」
「…」
返事がありません。将軍様は自ら馬を近づけて、自分で尋ねてみました。
「旅の者か? この周辺は山賊が横行している地域だ。日が暮れる前に…」
そこまで言いかけた将軍様でしたが、男の人がゆらりと切り株から立ち上がったので言葉が途切れました。男の人は無言で近付いてきます。将軍様の武人としての本能は危険を告げませんでしたが、何だか気味が悪かったので、将軍様は後じさりしたくなりました。
男の人は将軍様の馬の頭に手をかけました。そして言いました。

「(ボソリ)…食べ物下さい」

そう言ったきり、男の人はぱたっ、と地面に倒れてしまいました。




突然気絶してしまった男の人を将軍様は連れて帰り、その人に食事を用意させました。
男の人はとてもよく食べました。何でも話によると、4日間飲まず食わずだったそうなのです。
「失業した上、旅の途中で道に迷ってしまいまして…」
その話を聞いて、不運な人だなあ…と将軍様は思いました。
「そういえば…(もぐもぐ)…まだ貴方様のお名前を…(ごきゅごきゅ)…お伺いしていませんでした…(がつがつ)」
「儂の名はデュッセルだ」
将軍様が素直に答えると、食べ物にがっついていた男の人は手を止めました。
「もしや…【黒曜石】の、デュッセル将軍ですか?」
そうだったんですか、と、男の人は納得したような素振りをしました。将軍様が何人か部下を伴っていたので、それなりの地位にある武人なのだろう…と、男の人は推測していたらしいのです。
「私はノールと申します」
「ノールか。…道に迷ったという話だが、行き先はどこなのだ?」
「いえ…特に、何処へ行くあてもありません。先程も申し上げた通り失業中で、頼る縁者もおりませんので…」
「ふむ…」
どうしたものでしょうか。まさか文無し…もといゴールド無しなの上に栄養失調な人をほっぽり出すのは、将軍様にも躊躇われました。
と、そこへ、急用の使いが将軍様の元に来ました。至急、城に上がらなくてはなりません。
将軍様はノールさんの介抱を救護経験のある部下に任せると、急いで王城へと向かいました。
残されたノールさんはというと、一心不乱に食事を摂り続けています。
「あんまり急いで食べると体に悪いですよ…って言うか、よくそんなに入りますね…」
付き添っている兵士の人も思わず唖然としていました。
そこへ、彼の同僚が額にタンコブをこしらえてやってきました。
「いてー…兵舎の掃除してたら、床が抜けやがった」
「大丈夫か? 旧兵舎はあっちこっち古いからなあ」
「でも、あれは…とてもじゃないが、掃除しないと、汚くてやってられないだろ?」
本当は、お城の兵舎の掃除は城務めの掃除夫らの仕事なのですが、農繁期のせいで人手が足りないのです。その上デュッセル将軍の部下達が使っている旧兵舎は半年後に取り壊される予定だったので、掃除のみならず各部屋の管理に至るまで、その部屋を用いる兵達が行っていました。
「やってもやっても終わらないって感じもするけどな。2、3人じゃ到底無理だ」
ノールさんは食事をかっ喰らいながらそんなやり取りを聞いていました。が、会話が途切れた所を見計らって、こう切り出しました。
「あの…良かったら、私がそれをしましょうか?」

(続く)