ルネスという国に、それはそれは強い将軍様がいました。
将軍様は正真正銘の男性でしたが、シスコン&ブラコン状態の王様とその妹姫の希望によって、何故か毎日女装させられていました。
「…あの、エフラム様…ではなく、王様。何故、私にこのような格好をさせるのですか?」
そう、おそるおそる将軍様が尋ねると、王様は、
「エイリークが『子供が欲しい』って言ってたからさ。俺たちは兄妹だから結婚出来ないだろう? かといって養子を取るつてはないし…それに、お前に女装させるのが楽しそうだったからな」
と、何でもない事のように答えます。
将軍様はひらひらしたドレスを着るのがとても嫌だったのですが、王様の命令であるし、妹姫が、
「とてもよく似合っていますよ、ゼト」
と言って喜んでいる事もあるので、正面切って不平を訴える事が出来ません。
何だかなあ、と複雑な心境の日々を過ごしていました。
しかし、そんな彼を亡き者にせんとする輩がいました。
隣国・グラド帝国のリオン皇子です。
闇魔法オタクの皇子はルネスの王様とその妹姫の幼馴染みでしたが、妹姫の事がだーいすきvvでした。
しかし、その妹姫は兄上べったりで、他の男性には目もくれません。勿論、皇子にもです。
皇子は『兄妹の仲を親密たらしめているのは、将軍様の存在だ』と、短絡的な思考で考えてしまいました。
そして、ある日の事。
将軍様が森へと外出した隙をついて、刺客としてグレン将軍を差し向けたのです。
グレンによる襲撃を受けた時、将軍様は何と、剣を持っていませんでした。何せドレス姿でしたからね。剣を差す所なんてある筈がありません。
なので、表面上は冷静を装いながら、内心では『こんな恥ずかしい格好で死んでなるものかー!!』と、ひたすら焦っていました。
ですが、元々、グレンは暗殺などという汚れた命令には、あまり乗り気ではありませんでした。しかも、標的は武器も持っていない上にピンクのフリフリなドレスで女装している男なのです。
(こ、こんな任務はイヤだ…)
グレンのやる気がゼロになるのも、無理はありませんでした。
「…どうした、何故私を殺さない?」
将軍様は尋ねました。すると、グレンは言いました。
「…行け。そしてルネス城には戻らず、どこかでひっそりと暮らせ」
グレンはそう言って将軍様をこっそりと逃がしてしまいました。
そして、その辺りにあった石ころを拾って皇子の元に持ち帰り、『標的を仕留め損ねて、先に通りすがりのメドゥサに石にされてしまった』と、皇子にウソをついたのです。
皇子は将軍様が死んだ事を知って大層喜び、その石を闇魔法で粉々にしてしまいました。
一方、グレンに見逃された将軍様は。森の中を当てもなく彷徨っていました。ドレスで森を歩き回るのは、かなり難儀なことでした。
どれくらいの時間歩き回ったのでしょうか。将軍様の目の前に、一軒の家が見えてきました。将軍様は歩き疲れて、お腹も減っていたし、喉も渇いていました。
「誰かいないか?」
コンコン、と、その家のドアを叩きました。しかし、中から返事はありません。
もう一度、今度は強くドアを叩きました。すると、ドアが内側に開いてしまいました。鍵がかかっていなかったのです。
「誰かいないか? ずうずうしい頼みだが、少し休ませてもらいたいのだが…誰かいないのか?」
将軍様は家の中を覗き込みましたが、将軍様の声を聞いて、家の住人が出てくるような気配はありません。
「失礼する」
将軍様は中に入ってみました。
中は綺麗に片付いています。人がいるような様子は全くありません。
「誰もいないのか?」
将軍様は小部屋のドアを開けました。
そして、そこで驚くべきものを見たのです。
とても小さいベッドが7つ、部屋には並んでいました。7つのうちの6つは空でしたが、真ん中の1つでは、誰かが眠っていました。金色の長い髪をした、若い男の人です。余程気持ちよく寝入ってしまっているのか、将軍様の足音にも気づきません。
将軍様は、一体この小さい人間は何なのだろう、と、不思議に思いました。
その時、誰かが外から家の中へと入ってきました。
「兄さん、ただいま戻りました…あれ?」
入ってきたのは、フランツでした。将軍様の部下の1人です。今は長いお休みを取って、実家に帰っている筈でした。
「ゼト将軍…どうして将軍が、僕の実家にいらっしゃるんですか?」
「いや、これには深い訳があるんだが…」
将軍様はフランツに、これまであった事を話しました。
「そうなんですか…それでは今頃、王様も姫様も、将軍の事をご心配されておられるでしょうね」
「だが…今戻れば、私はまた、命を狙われる事になるだろう。理由は定かではないが、グラドから私に暗殺者が向けられた事が公になれば、ルネスとグラドが戦になってしまう可能性がある。だから、城には戻れない」
「なるほど…」
フランツは何か閃いたように、ぽん、と手を叩きました。
「あ、それじゃあ…ここで良ければ、どうぞ泊まって下さい」
「ここにか?」
「はい。狭い家ですが、僕とフォルデ兄さんの二人しかいませんし」
「『兄さん』?」
将軍様は小首を傾げました。
「…あれは、君の兄なのか?」
「ええ、兄さんはちょっと変わってて、よく昼寝してますけど、お気になさらないで下さい。ああいう人なんです」
むしろ『変わっている』のは、もっと別の点なのではないだろうか…将軍様はそう思いました。
「…では、他の兄弟は?」
「他の? いえ、他にはいませんが…」
「だが、あのベッドは七つあったじゃないか」
「ああ…あれは全部、兄さんのものです」
「七つ全部!?」
フランツは頷きました。
「兄はちょっと寝相が悪くて…どうしても寝ている最中にベッドから落ちるものだから、もう一台ベッドを隣りに置いたんです。それでもまだ落ちてしまうから、もう一台、もう一台…って足していくうちに、七台にもなっちゃって。でも、七台並べて、ようやく落ちなくなったんですよ」
なるほど。見れば、フォルデは七台並んだベッドの間を、寝転がりながら移動しています。
世の中には色んな人がいるものだなあ、と、将軍様は思いました。
こうして、将軍様はフランツの実家のお世話になる事になりました。
その頃、ルネスのお城では……。
コンコン。
「エイリーク、僕だよ。入っていい?」
リオン皇子がノックをすると、
「あら、リオン。ようこそ」
と、妹姫が出てきてくれました。皇子はお土産に持ってきた花束を差し出しました。
「あ、あの、これ、君に…」
「まあ、私に? ありがとうリオン。嬉しいです」
妹姫はにっこりと微笑んで、花束を受け取ってくれました。
皇子は嬉しい反面、妙な気持ちです。
何故なら、将軍様の失踪で、妹姫は気落ちしているだろうと思っていたからです。それなのに、この明るさはどうでしょう。
「今、兄上と占いをしていた所なの。さ、入って」
妹姫は、皇子を中に招き入れました。
部屋の中では、王様が、机の上で何かを書いていました。
「ああ、リオン。よく来たな」
「うん。あの…2人の事を、励まそうと思って…」
「励ます?」
王様が首を傾げました。
「だって、ゼトが行方不明になったんだろう? 彼は君たちの長年の家臣だったじゃないか」
「ああ、それなら大丈夫。ゼトなら心配ないさ」
と、何でもない事のように言う王様。机の上に広げていた紙を、皇子に見せました。
それは、あみだクジでした。
「これで、ゼトの安否を占っていたんだ。そうしたら、ほら、『無事』って結果が出た。だから、あいつの事は心配ないさ。それでなくとも強いんだし」
「そ…そうなの? 本当に心配しなくていいの?」
「ああ」
皇子がエイリークの方を見ると、彼女も頷いています。
「兄上がこう仰っている事だし、ゼトの強さはよく知っていますから、きっと大丈夫です。そうですよね、兄上」
「ああ」
…何とも呑気な兄妹でした。
その夜。
グレンは、突然、皇子に呼びつけられました。
そして単刀直入に、こう尋ねられました。
「…あのさあ、グレン。本当にゼトを始末してくれたの?」
「はい」
「…」
しかし、皇子の視線には疑念がこもっています。
「君が持ち帰った例の石…石化されたゼトの欠片だ、って君は言っていたけれど…本当なの? アーヴの見立てでは、ただの石ころらしいんだけれど?」
「…」
グレンは冷や汗をかきました。
「…僕にウソをついたんだね? 君の事は買っていたのに…」
しょんぼりとした口調とは裏腹に、皇子の背後には真っ黒いオーラが漂っています。
グレンは危機を察知しましたが、その時には既に遅すぎました。
彼の左右に、突然、2体のグールが現れました。皇子が召喚した魔物です。
そのグールは左右からがっちりとグレンを捕まえました。
「皇子、何をっ…」
「残念あよ、グレン…でも、命令に反した以上は、責任を取って貰わないと」
「責任…」
皇子が薄ら笑いを浮かべて迫ってきます。
グレンは身震いしました。
翌朝。
グレンの弟・クーガーは、皇子の部屋に呼ばれました。
クーガーが行ってみると、その部屋には皇子の他に、ヴァルター、ケセルダ、アーヴといった、他の部下もいました。
「こんなに早くにごめんね。君を呼んだのは、グレンを引き取ってほしくて…」
「兄貴…ああ、いえ、将軍を?」
「うん、あそこにいるでしょう?」
リオンが指さしたのは、部屋の隅っこ。
そこで、グレンが体育座りをしていました。
「あ…兄貴?」
クーガーが近寄ってみると、グレンはシクシク…と、涙をこぼしていました。
「兄貴、どうしたんだ、一体何があったんだ?」
「…クーガー…俺はもう、おヨメに行けない……」
そう言ってまた、シクシクと泣き出すグレン。
そんな兄弟を無視して、ヴァルターが尋ねました。
「それで、皇子。何やら任務があるという話だったが?」
「うん。ルネスの、ゼト将軍を始末してほしいんだ。グレンが仕留め損ねた…と言うより、見逃したせいで、行方はまだ掴めていないけど…」
皇子はアーヴをちらりと見ました。アーヴが身体を震わせて笑い声を立てます。
「ふぇふぇふぇ…その事ならお任せを、皇子。じきに私が探し当ててご覧にいれます」
「うん、頼むよアーヴ。彼が見つかったら…」
皇子はヴァルターとケセルダを見比べて、考えました。そして決めました。
「…うん、とりあえずはケセルダ、君に頼む事にするよ。駄目だったらヴァルターが代わりに受け持って」
「おいおい皇子、この俺が失敗するかもって思っているのかよ?」
冗談じゃないぜ、と言って、ケセルダは笑い声を上げます。
「ゼト将軍はルネス一の手練れだからね。念には念を、ってこと。君をみくびっている訳じゃないんだよ。ただ、僕は、確実に彼を始末してほしいだけ」
そう言って、皇子はニヤリと笑いました。
将軍様に、今、命の危機が迫りつつありました。
(続く)
よい子の昔話〜しらゆきひめ(1)〜
途中あとがき:ごめんなさいごめんなさいごめんなさい(以下略)。えびらさんはゼトが好きですよ! リオン君も好きさ!