よい子の昔話〜いっすんぼうし(1)〜
むかーし、むかしのお話です。


都から離れたずーっとずっと山奥に、一軒の家がありました。
そこに住んでいるのは、まだ若いのに引きこもり生活をしている賢者様と、自称1200歳のおダンゴ頭の女の子でした。
どんなに自称1200歳でも、外見はまだ小学生。なので、家事をするのは殆ど賢者様でした。

ある日の事です。賢者様は川へ洗濯に行きました。山奥なので、近くにコインランドリーもクリーニング屋もないのです。
すると、河原でゲコゲコとカエルが鳴いています。それに、奇妙な音もします。
見れば何と、とっても小さい二人の青年が、カエルの群れに襲われていました。片方の青年は気絶しており、もう片方の青年はそこらに落ちていた木の枝を振りかざし、一生懸命カエルと戦っていました。
「くそっ! 弟を食うなら俺が先だ!」
賢者様はブアイソーでしたが心根は優しかったので、カエルを追い払い、二人の青年を家に連れて帰り、介抱してあげました。
一方、おダンゴ頭の女の子は人見知りをする質だったので、賢者様が連れてきた二人の小人を見て大層恥ずかしがり、タンスの陰に隠れてしまいました。
「さ、サレフ…その人達は?」
「河原で蛙に襲われていました。危害を加えるような事はないと思われますので、どうか、ご安心下さい」
それを聞いて、女の子はおそるおそる二人に食事を出してあげました。なりは小さい二人でしたが、しつけがいいのか、丁寧にお礼を述べてご飯を食べました。
兄弟の名前は、お兄さんの方がグレン、弟の方がクーガーと言いました。ちっちゃくても二人はもう二十代。しかし、失業して放浪生活を送っていたのだそうです。
「都へ行って、仕官の道を探そうと思っています」
という兄弟の話を聞いて、賢者様と女の子はそれぞれ兄弟の身なりを融通してくれました。針で作った槍が二本と、二つのお椀、箸が二本です。
「この川を下れば都に着く。流れの緩やかな川だが、気をつけて行け」
「ありがとうございました」
「お世話になりました」
兄弟は礼儀正しくお礼を言うと、それぞれ川に浮かべたお椀に乗って、川を下って行きました。


しばらく川を下っていくと、カモの親子に出会いました。
母ガモは優雅に二人を通してくれましたが、子ガモの一羽がドシーン! と、グレンのお椀に激突してしまいました。その勢いでグレンのお椀は転覆し、彼は川に投げ出されてしまいました。
「兄貴!」
クーガーはお兄さんのピンチを助けようとしましたが、流れに逆らえません。
「けほっ…俺に構わず行け、クーガー!」
「兄貴ー!!」



兄を失った衝撃でクーガーは打ちひしがれましたが、それでも何とか都に辿り着きました。
考えてみれば、一人で旅をするなんで初めてです。しかも都という所は人がとても多くて、クーガーは何度も踏みつぶされそうになりました。
夕方になり、クーガーはお腹が減りました。お腹を満たす為に店へ行っても、小さいクーガーの存在など誰も気が付きませんし、そもそもお金がありません。こっそり家の中に入り込んで食べ物を失敬するなどという事は、お兄さまから良くしつけられたクーガーは、全く思いつきもしませんでした。
「兄貴…俺は一体どうしたらいいんだ…」
途方に暮れたクーガーが路傍の石に座り込んでいると、通行人の誰かがその石を蹴りました。
「うわああ!」
勢いでクーガーは高く飛ばされ、道を歩いていた別の人の頭の上にちょこんと落下しました。
地面に飛び降りるには高すぎます。
クーガーはそのまま髪に掴まっているしかありませんでした。


しばらくして、クーガーを頭に乗せた男性は大きなお屋敷に到着しました。
「お帰りなさい、お兄さま」
迎えに出てきたのは、とても可愛らしい女の子でした。
「ターナ、年頃の娘が廊下を走るな」
「はーい…あら? お兄さま、頭の上に何を乗せてるの?」
「何…?」
クーガーは男につまみ上げられてしまいました。
「は、放せー! 俺なんか食べたって美味くないぞ! くそー! 兄貴ー!」
もがいても叫んでも逃げられません。
「…何だ、コイツは」
「かわいいー! お兄さま、貸して貸して!」
「むやみに変なものに触らせる訳にはいかん」
と、そこへ二人のお父上のヘイデンが出てきました。
「ヒーニアス、戻ったか」
「父上、只今戻りました」
「…何をしている?」
「私の頭にこんな物が」
そう言って、ヒーニアスは父親にクーガーを見せました。
「放せー!」
「ヒーニアス、放せと言っているのだ。放してやりなさい」
「しかし…解りました」
渋々、ヒーニアスはクーガーを玄関先に下ろしました。やっと自由になったクーガーは居住まいをきちんと正し、正座しました。変わった見た目ですが、その振る舞いにヘイデンは好感を持ちました。
「そなたの名は?」
「クーガーと言います。仕官の口を探して都に来たのですが…」
「仕官…?」
三人は顔を見合わせた。クーガーはあまりに小さすぎます。彼に仕官の口があるとは思えません。
「貴様のなりでは無理だ」
現実主義なヒーニアスは、ズバッとそう言い切りました。
「ねえお父さま、クーガーを私付きの侍にして。いいでしょう?」
「うーむ…」
「ね? ね?」
お父さまは悩み抜いた末に愛娘に負け、最終的にオッケーしてしまいました。


こうして、クーガーはターナ姫付きの侍になりました。
ヒーニアスは、妹の従者としては、クーガーは些か頼りないのではと思っていました。ですがターナが、
「クーガーはとっても可愛いから、他の人じゃいや!」
とごね、また父は父で、
「ターナが気に入っているのだから、まあよかろう」
と、すっかり娘に甘いのです。
最も個人的には、クーガーは見込みのある男だと思っていました…身長以外は。
最近は危ない人もうろついているので、ターナに護衛を付ける事には賛成です。しかし、護衛とするのに、クーガーではあまりに不安だったのです。

一方、ターナはとても優しかったので、クーガーはターナの事がすぐに大好きになりました。
「クーガーは何処の出身なの?」
「グラドだ。俺も兄貴もグラドの侍だった。でも、あるヤツの策略で、こんな小さい姿になってしまったんだ」
「そうだったの…」
兄の事を考えると、どうしても気持ちが沈んでしまうクーガーでした。
「元気出して、クーガー。お兄さんはきっと無事だわ」
「…」


翌日、ターナはクーガーの気晴らしの為に外出しました。最近は変質者が良く街をうろついているので、勝手な外出は避けるようにと兄に言われていたのですが、ターナは兄の過保護さには少々辟易していたのです。
二人は途中で神社に寄りました。そこでクーガーは絵馬を書きました。
「ねえ、何て書いたの?」
帰り道、鳥居の所まで来た時、ターナが聞きました。
「『元通りに大きくなって、もう一度兄貴と二人でグラドに仕官したい』と」
「…」
それを聞いたターナは、何だか悲しげな表情になりました。
「姫…?」
「…クーガーは、グラドに帰っちゃうの?」
「…」
「私はクーガーに、ずっと一緒にいてほしいわ…」
「姫…」
しかし、グラドの侍となるのは、兄グレンとの昔からの約束です。
クーガーはどうしたらいいのか解らなくなって、困ってしまいました。
と、その時です。二人の周囲を怪しい集団が囲みました。
「な…何なの、これ…」
ゾンビの集団です。
「い、いや…来ないで!」
ターナは逃げだしました。ですが、あまりに勢いよく腕を振ったせいでしょうか、クーガーは振り飛ばされ、鳥居の上まで飛ばされてしまいました。
ターナはその事に全く気づかず、ゾンビから逃げるべく裏の笹林へと駆けて行ってしまいます。その光景はまるで、バイオ○ザードさながらです。
「姫ー!!」
クーガーは一刻も早くターナを助けに行こうとしました。が、鳥居から降りる事が出来ません。
どうしたものかとクーガーが困っている所へ、ハトが一羽留まりました。
「ハトさんハトさん、頼む。俺を乗せてくれ。姫が危ないんだ」
無論ハトに人間語が通じる筈がありませんが、クーガーの一生懸命な気持ちが通じたのでしょうか。三度目の説得で、ハトはクーガーを背中に乗せてくれました。
「待ってろ姫ー!!」


その頃、ターナは笹林の中で、ゾンビのバリケードの中にいました。
ゾンビ軍団を仕切っているのは、昼間から黒マントをすっぽりと被った怪しい男の人です。顔はいいのに、陰気な雰囲気丸出しでした。
「すみません。ウチの子達がご迷惑をおかけした様ですね…」
「そう思うなら、さっさと全員どーにかして!」
一刻も早く逃げ出したいものの、ゾンビバリケードを素手でかき分けるのは、ターナには生理的に受け付けられません。
「ところで、1号から27号まで、どれが一番可愛いと思うか教えて頂けませんか?」
「どれも可愛くないわよ!」
「私としましては、この13号が一番愛らしいかと。特に皮膚の腐敗具合と骨の露出度が…」
「いやー! 聞きたくないわー!!」
ターナは耳を塞ぎました。
と、そこへ。一羽のハトがばっさばっさと飛んで来ました。
「姫ー!!」
ハトの背中に乗っているのはクーガーです。彼は颯爽とハトから飛び降りると、ターナの前に立ち、槍を構えました。
「姫に近づくな!」
大層カッコいい登場なのですが、相手は合計27人。おまけにこちらはプチサイズです。かなり不利でした。
ですが、ここで意外な事態が発生しました。黒マントの男性が、何故か目をキラキラさせ始めたのです。
「これは…何と…」
「な、何だ」
「何と小さい…研究のしがいがありそうな逸材です…」
「研究!?」
危険な響きを察知したターナは、慌ててクーガーを抱き上げました。
「ぜひ私に研究させていただけませんか?」
「い、いやよ! クーガーを解剖なんかさせないわよ!」
「解剖などと、そんな勿体な…いえ、非道な事など致しません。貴方は元から小さいのですか? それとも小さくなったのですか?」
「ち、小さくさせられたんだ。それが何だ?」
「では、私にぜひ研究させて下さい。その過程で、貴方の身体を元に戻す方法が見つかるかもしれませんよ?」
「…」
そう言われるとクーガーも心が動きました。
結局、その男性…ノールの研究対象になる事を決めました。ただし、ノールの出入りです。ノールの元に世話になろう物なら、命の危険があるでしょうから。

「本当に、俺を大きくしてくれるんだろうな?」
「ええ、勿論です」



「(…まあ、散々その小さい体を研究し尽くしてからですけどね…ふ…ふふふふふふ…)」

あとがき:またバカな話を書いた上に、またノールさんをヤバイ人にしてしまいました…。一応続きがあるので、そのうち書きます。(※2007/02/05修正)