横切るだけで、手を伸ばす頃にはもう飛び去っている。
今まで生きてきて、そういうものを数多く見てきたけれど、
こればかりは、どうして諦められないのか。
「…」
「…」
「…?」
フォルデは何となく気配を感じて後ろを向いた。
「うわっ!」
そして、驚いた。驚いて描きかけの絵を落とす所だった。
「あー、びっくりした。何だ、いたのなら、声かけてくれても良かったのに」
「…」
ヴァネッサは物言いたげな顔で、前で手を組んでいる。フォルデは彼女が居心地の悪さを感じている事を察して苦笑した。仕方のない事だ。
「…絵を描いている最中だったのでしょう? 邪魔をするのもどうかと思って…」
「いや、構わないよ。何か用?」
「用…は、無いの。ただ、何をしているのか気になっただけよ」
背中を見て、ああ、絵を描いているのだなと分かった。
しばらく見つめているうちに何を描いているのか気になった。そして近づいた。足音を消すつもりはなかったが、フォルデには聞こえなかったようだ。
そして、絵を見ようとした所でフォルデがこちらを向いた。彼と目が合った瞬間、心臓が跳ねた。
「見てもいい?」
「ん? ああ」
フォルデは快く笑顔で絵をヴァネッサに見せてくれた。彼の絵を見るのは初めてではない。
空の絵だった。いつもは木とか草とか、地上の自然を描いた風景画なのに。それが各地の土地の様子を記録する事にもなるからと、本人からそう聞いていた。
「…貴方が空を描くなんて」
「たまには、そんな気にもなるさ。毎回山や木ばかりじゃ飽きるからね。で、どうだい?」
…不思議な気持ちにさせられた。
雲の浮かぶ空の一部を切り取った絵で、陰影がついているので日の方向が分かる。
こういう視点で彼は物を見ているのだ。こういう、空から綺麗な一部を切り取る視点で。空のある一点に、雲ではない何だか小さい物を描きかけていた。これは、何なのだろうか。
「…私は、絵の事は分からないわ。でも…この絵は、好きよ」
「ふうん…」
こちらが持っているその絵を覗き込もうと、フォルデが顔を近づけてくる。ヴァネッサがつい後ろに退くと、フォルデはまた先程のような苦笑を浮かべた。
彼は自分と話す時、それにどんな意味があるにせよ、笑っている場合が多い。彼のそんな笑顔を見ると、目を背けてしまいたくなる。
ヴァネッサは絵を彼に返した。フォルデがそれを受け取る。彼はその絵を見ながら少し何か思案していたが、やがてこう明るい口調で言った。
「良かったら、これ、完成した後で貰ってくれないかな。まあ単なるデッサン画だけどね」
「え?」
「流石にこればっかりは、カイルの奴なんかに見つかっても、他の絵みたいに『戦場の記録だ』なんて言い訳がきかないだろ?」
「ええ、でも…」
「貰って欲しいんだ」
笑顔と相反した真剣な響きだった。
しばらく心が落ち着かなかった。
彼は、今まで無かった動揺ばかりを自分に与える。
あの瞳が何処か怖くて、真っ直ぐな気持ちに何の返答も出来なくて、自分は背中を向けてばかりいる。
…彼の視点に、そんな自分の背中はどう捉えられているのだろうか。
Tell me