つるのおんがえし
むかーし昔、とある山の中を、グウェンダルという男の人が歩いていました。
グウェンダルは猟師で、狩りの獲物を探していたのです。
しかし、唐突にどこからか男の人の悲鳴が聞こえてきました。グウェンダルは何があったのだろうかと不思議に思い、そちらの方へと向かいました。
グウェンダルが声のした場所に到着すると、そこでは見慣れない超絶美形の男の人が、地面に設置された罠に髪の毛を挟まれて、ウンウン唸っていました。男の人がかかってしまった罠は、グウェンダルの幼馴染みである隣人アニシナの発明品【噛む噛むギャっと】でした。ちなみにネーミングの由来は、「構造上、どうしても罠が作動する瞬間に『ギャッ』という奇怪な音がしてしまうから(:アニシナ談)」だそうです。
「大丈夫か? 今外してやる」
「あ、貴方は…? あがががが! 痛い痛い!」
「動くな。じっとしていろ」
あまりにその男の人が痛がっているので、グウェンダルは急いで罠を壊して助けてあげました。
ようやく助けられた男の人でしたが、せっかくの美形なのに、罠から逃れようと暴れたせいで髪は乱れ、服はボロボロ。おまけにそんな格好で長時間外にいたせいか、
「ぶうぇっくしょい!! ずびー…」
と、風邪を引いてしまっていました。
グウェンダルの半分は優しさで出来ていたので、その男の人をとりあえず自分の家に連れて行く事にしました。




男の人の名前はギュンターと言いました。
グウェンダルは家に着くと、ギュンターに服を貸し、食事も出し、風邪薬もあげました。
「ずびっ…す、すみません。何から何まで…」
グウェンダルは炉端を挟んでギュンターと差し向かいに座り、あみぐるみを始めました。
「あの…奥様はいらっしゃらないのですか?」
「私は独身で独り暮らしだ」
「しかし、そこに機織り機がありますが…」
ギュンターが指さしたのは家の奥でした。半分開いた障子の向こうに機織り機と糸が置いてあります。てっきりギュンターはグウェンダルには奥さんがいて、その奥さんが機織りをするものだと早合点してしまったのです。
「あれは知り合いが置いていったものだ」
アニシナの発明した画期的・先進的な魔動織機【倍織りん】です。その名前の通り、従来の機織り機の2倍の生産が可能な上に、作業音も通常機織り機が発する「ガッタンガッタン」という音ではなく、耳に心地よい某弦楽器の音色がする…というのがアニシナの話です。しかし、グウェンダルが使用すると何故かマラカスの音やミサイル発射音しかしないので、殆ど全く使わず放置してありました。アニシナには早い試用を迫られているのですが。
「少し、見せていただけますか」
そう言うと、ギュンターはしげしげとアニシナ製機織り機を眺めていましたが、やがて
「使ってみてもよろしいですか?」
と言い出しました。
「出来るのか?」
「はい。お願いがあるのですが…織っている最中に障子を開けないで下さいね」
そう言ってギュンターは機織り機がある部屋に入り、障子をぴったりと閉め切りました。
ギュンターが使い始めると、心地よい弦楽器の旋律が聞こえてくるではありませんか。
グウェンダルは何だか複雑な気分でその音に耳を傾けながら、いそいそとあみぐるみに勤しみました。

1時間、2時間…ギュンターは出てきません。
だんだん中から聞こえてくる旋律のテンポも上がっていきます。2分の2拍子より遥かに速いのです。
グウェンダルは心配になって、障子越しにギュンターに声をかけました。
「おい、ギュンター。風邪をひいているのだろう? 大丈夫なのか?」
しかし機織りの音にかき消されて聞こえないのか、中から返事はありません。
「ギュンター、開けるぞ」
グウェンダルは障子を開けました。
するとグウェンダルの目に飛び込んできたのは、逆立ちして両足で機織り機を操る、世にも異様なギュンターの姿でした。
「…なっ…はしたないですよグウェンダル! 覗きをするなどと!」
赤面して怒鳴りつけるギュンターでしたが、体勢が体勢なので衣服があられもない事になっています。
「はしたないのはお前だ!!」
少なくともそんな格好のギュンターに『はしたない』などとは、グウェンダルは言われたくありませんでした。
「…見ないで下さいと言ったのに…は…恥ずかしィーっ!!」
ギュンターはよよと泣き崩れながら顔を両手で覆いました。かと思うとそのままグウェンダルの横をすり抜けて、戸口へ向かって駆け出しました。
「ま、待てギュンター!」
ギュンターが引き戸に手をかけた、その瞬間。
横に開く筈の戸が前に倒れて、ギュンターを潰しました。
「むぎゅ」
倒れた戸の向こうに立っていたのは赤毛の猛女でした。グウェンダルの幼馴染みのアニシナです。
「グウェンダル…貴方、私の発明した魔動地表設置型トラップ【噛む噛むギャっと】を、壊しましたね?」
アニシナはとても怒っているようでした。全身から怒りのオーラが漂っています。
「壊したのですね!?」
アニシナは怒りにまかせて自分が外した戸を踏みました。ギュンターが更に潰され、むぎゃ、と声を上げます。
「あ、ああ…しかしアニシナ。これには訳がある。私があれを壊したのは、あれに人間がかかっていたからだ。つまり一種の不可抗力だったのだ。…アニシナ、私の話を聞いているか?」
グウェンダルはこめかみに汗を浮かべながら必死で解りやすく簡潔に素早く説明しました。何故なら、アニシナはいつも人の話を最後まで聞かない所があるからです。
幸い、アニシナはグウェンダルの説明を理解したようでした。しかしその表情から怒りの色が消えた代わりに、あきれ果てたようなため息がアニシナの口から漏れました。
「呆れた話ですね、あれしきの罠を無傷で解体する事が出来ず、力に頼って破壊するなどと。貴方の頭の中には脳みその代わりにシラタキでも入っているのですか? 全く…これだから男と言うものは………おや」
アニシナは使用中だった自製の機織り機に目を留めました。
「ようやく試用したのですね。それで、結果はどうでしたか?」
アニシナは遠慮なく家の中に上がり込むと、機織り機に近づきました。
「まあ、貴方の腕ではあまり期待はしていませんでしたが…と、これは…」
予想以上に布の出来が良かったので、流石のアニシナもこれにはびっくりしました。
「貴方にこのような才能があったとは、正直、少々意外でした」
「いや、それは私ではなく…お前が先程戸板でつぶした、そこのギュンターが織ったものだ」
よろよろと戸板を退けて起き上がるギュンターを、アニシナが胸を反らして見つめます。
「貴方が織ったのですか? 素晴らしい出来です。その腕を見込んで【倍織りん】第2号の実験台になりなさい」
「え、ええ!?」
驚いたのはギュンターよりも、むしろグウェンダルでした。アニシナの発明品の実験台になる事がどれだけ恐ろしいか、グウェンダルには良く解っていたからです。
「ま、待てアニシナ。ギュンターは風邪をひいているのだぞ」
「風邪如きがなんですか! 男がそんな甘い事を言っているから、女性の地位がいつまで経っても向上しないのですよ」
そんな強引な、とグウェンダルは心の中で言いました。怖いので口には出せません。
「さ、行きますよギュンター。今夜は徹夜です」
アニシナはギュンターの腕をむんずと掴むと、颯爽とグウェンダルの家を出て、夜の闇へと消えて行きました。
しばらくして、隣のアニシナの家からどったんばったんという騒音が聞こえてきました。
やがて静かになりました。
そして更に数分後…男の悲鳴が聞こえてきましたとさ。




めでたしめでたし?

またもややってしまった昔話パロディ。好きやね、自分。
熱烈なギュンター好きさんはもしかしたら気分を害されたかもしれません。私自身、これでもギュンター大好きなんですが…。