セフェラン様視点。
「あまりに趣味の悪いネクタイを締めていたから」。
私がゼルギウスに声を掛けようと思ったきっかけは、それでした。
ゼルギウスはまだ若年ながらも非常に有能な社員で、上の方々の覚えはめでたく、容姿も立派な事から女子社員の間ではかなり有名な人物でした。ですが社長秘書の私と彼の間に仕事上で接点が出来る事は殆どなく、職場のフロアも異なる為、私は彼の姿を見かける事すら殆どありませんでした。
上の方々の間でもゼルギウスの評判は良く、特にバルテロメ専務は彼を大変気に入っておいででした。専務はゼルギウスの服装のセンスにいたく不満があるそうで、時折彼を捕まえては、スーツのデザインがどうの、ネクタイの色がどうのとアドバイスなさっているそうでした。私は専務のお宅にお邪魔した事はありませんが、きっと専務のお宅には鏡がないのでしょう。
しかしまあ、確かに私の目から見ても、ゼルギウスの服装のセンスは如何なものかと思いました。百歩譲っていつもスーツが黒ばかりなのは良いとして、ネクタイの柄が何というか、それ何処で買ってきたんですかと問い質したくてたまらなくなるような柄ばかり。秘書室の女性陣も、「あのセンスだけはどうにかならないものか」と手厳しく評していましたが、まさにその通りでした。
まあそんな理由で、私は食堂に赴いて、ゼルギウスの姿を探して彼の隣に座りました。今日の彼の装いは黒いスーツに白のワイシャツ、そして赤と緑のバイカラーに黄色の細いラインが入った、素材だけは無駄に良さそうなネクタイ。信号機みたいなカラーリングだと思いながら私が食事を始めると、彼がちらちらと私に視線を投げかけてきました。
「どうかしましたか?」
「いえ…何でもありません。失礼しました」
彼の表情には、何故私がここにいるのかという疑問がありありと浮かんでいました。それにしたって、露骨にこちらを見てくる事もないでしょう。もう少し気の利く青年だと思っていたのですが、私の勘違いだったのでしょうか。
ゼルギウスは、私に名前と顔を覚えられていた事に大変驚いていました。謙遜した物言いをしていましたが、彼の評判を考慮すれば、そういう言い方は美徳とは思えませんでした。むしろ、もっと堂々としていても良いと思うのに。