今回は台詞ありますが。
長いので畳みます。
鍵を外し、扉を内側から開ける。するとそこの廊下には、執事が困惑した表情で佇んでいた。こんな夜遅くまで、かなり長い間ここで右往左往していたのだろうと思うと、彼の気苦労が忍ばれる。
「突然のことで、心配をかけたようだな…」
ゼルギウスはそう言いながら、後ろ手に扉をそっと閉めた。
「申し訳ございません、旦那様。どなたもお通し出来ないと申し上げたのですが…」
「いや、構わない。あの方ならば」
「それで、ペルシス公のご様子は…?」
「今は落ち着かれている。あの方は私が看ているから、もう休んで構わない。他の者たちにもそう伝えてくれ」
すると執事は分かりましたと言って、音も小さい足取りでゼルギウスの前から退いていった。
…目的の為にはある程度の地位を得る事が必要だったとはいえ、ゼルギウスは使用人のいる暮らしに未だに慣れないでいた。
使用人達は主の性格を割と心得ていて、むやみに私室には入らないし、こちらの方から呼ばない限りは彼の近くに寄って来ない。だがそんな彼らでも、交友関係の乏しい主が唯一親しくしているペルシス公には、ひとかたならぬ関心を持っているようだった。
ゼルギウスは厨房に赴いた。普段ここを仕切るのは掃除婦を兼ねた年長のメイドであるが、そのメイドももう休んでしまったようで、厨房は暗く静かだった。薄暗い中、水を入れた水差しだけを取って持っていこうと思ったが、果物もあったのでそれを手に取った。皿か盆に載せるという発想には及ばないまま、その二つを持ってゼルギウスは私室へと戻る。
彼がこちらに完全に精神を戻した時には、夜もかなり更けていて、そして彼の膝でセフェランは寝入ってしまっていた。そのままにもしておけないので服を緩め、寝台に寝かせたが、泣き腫らした目元にはとても触れられなかった。
…主が取り乱した姿を目にしたのは、あれが初めてだった。
今日の彼に何があったのか、ゼルギウスには分からなかった。お互い、おおよその秘密は共有し合っている。しかし全てではない。自分はセフェランの指示で動くのみで、その間セフェランが何をしているのかを知り尽くしている訳ではない。はっきりと知らされているのは、目的だけだ。
ゼルギウスは私室の扉を、なるべく音を立てないように開いた。
すると、寝台の上にセフェランが起き直っていた。法衣もつややかな漆黒の髪も乱れたままに、部屋に入ってきたゼルギウスの姿も目に入らないかの様に惚けていた。
ゼルギウスは水差しと果物を机に置いて、黙って寝台の側に跪き、セフェランを横から見上げた。虚ろな眼差しがふらふらと辺りを漂い、やがて少し頭を巡らしてゼルギウスを見た。
「…」
「…」
「…」
「…随分と、迷惑をかけてしまったようですね。すみません」
セフェランはそう言って薄く微笑んだ。
「主よ…私こそ、こちらに戻るのが遅れて申し訳ございません」
「良いのですよ。遅れてよかったのです、少なくとも今日は」
「…」
「それは何ですか?」
セフェランは机の上の水差しを指さした。
「はっ…その、お目覚めになられた時にと思いまして」
「貴方らしいですね…水差しだけを持ってきても仕方ないでしょうに」
セフェランは少しだけ笑った。
「これは失礼を…今、お持ちいたしますので」
「いえ、結構ですよ。それよりもここにいて下さい」
「…御意」
ゼルギウスはそのままそこで跪いていた。
セフェランは固く握りしめられたままの自分の左手を見下ろした。右手を使い、左手を解こうとするが、強張って左手の指が全く動かない。彼は指を差し入れて左手の指を一本ずつ動かし、ゆっくりと拳を解いた。
ひとひらの白い羽が、そこにあった。色はまだ新しかったが、しかし形は長いことセフェランに握りしめられていたせいで歪んでいた。
「…彼女が、死にました」
一言、セフェランは口にした。
「…独りで死なせてしまいました。あそこで、たった、独りきりで」
「…」
「私は彼女の死を望みました。そして、彼女が死にました」
「…」
「ならば…私が悲しんでいるのは何の為なのでしょうか」
セフェランは目を伏せた。瞼の奥から涙が落ち、一筋だけ頬を伝うのがゼルギウスには見えた。
「…これで【解放】の呪歌は失われました、実質的に…もう後戻りは出来ません」
「…メダリオンは、まだ…?」
「まだ、あの少女に預けておきましょう。しかし貴方にあれを取りに行って貰う事になるのも、そう遠い先の事ではないでしょうね」
思考回路が謎だの支離滅裂だの混沌だの言われているセフェラン様ですが、私は多分、本っ当に自分に嘘のつけない人なんだと思います。またの名を、究極のわがままっ子。
そんな彼の最大の罪はサナキ様を裏切った事より、リーリアをアシュナードに引き渡した事だと思います。
なのでそこら辺が何故ゲーム中でノータッチなのか、ものすんごく疑問に思います。この辺もっと書きたいなあ。