ゼルギウスがリーマンだった頃の話。
ゼルギウス視点とセフェラン視点が入れ替わりに続く予定です。
今回はゼルギウス視点。
何故か、私の周囲の人間の多くは私の事を、優秀な男だと評する。
私自身、この評価はあまりに過大過ぎるものだと思うのだが、それにも関わらずこのような評価を下されがちなのは……おそらく、私の周囲に親切な人間が多いという事なのだろう。
断言するが、私はつまらない人間だ。剣道以外に取り柄はないし、冗談の一つも言えない面白味のない性格で、周囲を楽しませる才覚に欠けている。そんな私の事を高く評価してくれる人間は、きっと、私に何らかの期待をかけてそうしてくれているのだろう。
だが私は、彼らの期待に沿えるような優れた人間ではない。いつも期待に応えたいとは思っているのだが、それが出来る自信は正直なところ、ない。それに期待をかけるべきは私よりも優秀で有能な他の人間の方ではないのだろうか。
例えば、私に声をかけてきた方のように。
「すみません、隣に座ってもよろしいでしょうか？」
昼休み、社員食堂の一角で昼食のカレー定食を食べていた私に声をかけてきたのは、秘書室のセフェラン殿だった。サナキ社長の第一秘書で、数いる社長秘書の中でも最も優秀だというのが社内での評判だ。営業部の私は秘書室とはまるで接点がないので、セフェラン殿と言葉を交わすのはその時が初めてだった。
同僚の女子社員たちが社員の容姿について取り沙汰する場合、セフェラン殿の名前が挙がらない時はない。およそ美的感覚に乏しい私の語彙では、セフェラン殿の容姿は「美しい」「麗しい」としか表す事が出来ない。だが、そこに誇張や世辞はない。この方の美しくそして洗練されている事は、誰もが認める事実だろう。
どうぞ、と私が答えると、セフェラン殿はありがとうございますと言って私の隣の席につき、食事を始めた。その品のある挙止動作に私が目を留めていると、セフェラン殿が箸を止めて私の方を見た。
「どうかしましたか？」
「いえ…何でもありません。失礼しました」
その時の私は不思議に思ったのだ。秘書室の人間を今までこの食堂で見かけた事はないのに、今日は何故ここに来ているのだろうか、と。セフェラン殿は社長お気に入りの秘書だと聞いていたから、昼食も共にされていると思っていたのだ。
「一度、ここへ来てみたかったのですよ」
セフェラン殿が突然そう言った。まるで私の思考を読んだかのような言葉はそのまま続いた。
「私がここへ来た事、不思議に思ったのでしょう？」
「はい……しかし何故お解りに？」
「君の顔に、そう書いてあります。君は、営業部の人ですよね？」
セフェラン殿は私の顔と、名前まで覚えていた。同じ会社とはいえ、接点ゼロの秘書室の人間にまで私の顔や名前が知られている理由は……全く解らない。何か、私の外見に印象に残るところがあったのだろうか？ これでも常日頃見苦しくなく、それでいて地味に装っているつもりである。だが私の服装のセンスは凡人以下なので、自分でも気づかないうちに奇抜な格好をしてしまっていたのかもしれない。
「何だか不思議そうな顔をしていますね。どうしたのです？」
「……その、私のような者の名前と顔を覚えておられるのは、何故かと思いまして」
「それは、勿論覚えていますよ。役員の方々の口の端に、君の評判が上らない事はありませんからね」
他部署どころか、役員会の方々にまで名前を覚えられているとは……何故だろう。
「評判…とは、一体何のことでしょうか？」
「仕事の評判ですよ」
セフェラン殿によると、役員の間における私の評判は、実に優秀で有能な社員だというものだった。何故そう思われているだろう？ 確かに仕事はこなしているが、役員の印象に残るような大きな成果を残した覚えはないのだが……。
「聞いていた通り、真面目な人のようですね。君は」
「はっ…申し訳ありません」
「は？ 何故、君が謝るのです？」
「その……貴方の想像や期待を裏切って、幻滅させてしまったのではないかと思ったものですから」
「幻滅などしていませんよ。むしろ褒めているくらいなのですが」
セフェラン殿があまりにも素早くそう答えたせいか、私は口ごもってしまった。
セフェラン殿の言葉は、私には世辞にしか聞こえなかった。いつもならば、褒められたとしてもすぐに感謝の口上を返せるのだが。
「私は、嘘は吐きませんよ」
私がはっきり覚えているのは、そこまでだった。
それからまた少しだけ会話をした後、私の方が先に食堂を離れたのだが……後の方は何を話したのか、殆ど記憶には残っていなかった。
Q.ゼルギウスは何の営業職ですか？
A.決めてません。