この辺りから「人魚姫」っぽくなります。
その日の晩、リュシオンはまったく眠れませんでした。目を閉じても開いても、頭に浮かんでくるのは昼間の男性のことばかり。
(あの人の名前が知りたい。だが、私は鷺だ…私が人間であったなら、あの人と話も出来るものを…)
そう思ったリュシオンは、その事を父と兄に相談しました。
当然二人は大層驚きました。そして、このままではリュシオンが思い悩んだ末に鷺の里を飛び出しかねない、と思いました。二人とも、リュシオンが鷺の中でも一等気の強い性格だという事を、よく知っていたからです。
二人は心配のあまりリュシオンを説得しようと試みましたが、リュシオンの気持ちは全く変わりませんでした。
二、三日、そんな状況が続きました。
そしてある夜遅く、リュシオンは父と兄が何やらひそひそと話をしているのを聞きつけました。
『…それは、本当なのですか? 我々鷺の民が、人間の姿になる方法があるというのは…』
初めて聞く話に、リュシオンは驚きました。
二人の会話によると、こういう事でした。現在の鷺の民は人間との関わりを絶っていますが、遙か昔の鷺は人間の姿に化けて人里に降り、人と交流を深めたのだそうです。しかし、やがて時が経ち、鷺と人間との関係が掟で禁じられるようになると、鷺が人間の姿に化ける術は失われてしまいました。
ですがロライゼによると、エルランという名の黒鷺がその術を知っているらしいのです。エルランは現在の鷺の中では最も年長ですが、鷺の掟に反して人間の女性と結婚したため、ずっと前に里から追放されてしまいました。
その後妻と死別したエルランは、現在、鷺の里から少し離れた場所にひっそりと暮らしているそうです。なので、今や彼の存在を知るのは、ロライゼぐらいのものなのだそうです。
その話を聞いたリュシオンは、その日の明け方に里から飛び立ち、エルランの元を訪ねました。
エルランの住まいはすぐに見つかりました。突然の来客にエルランはとても驚きましたが、リュシオンの方も驚きました。本当にエルランは、人間そのものにしか見えない姿をしていたからです。鷺が人間の姿に化けられるというのは本当なのだ、そう思ったリュシオンはエルランに、人間に化ける方法を自分に教えて欲しい、と頼みました。
『人間に化けたいのですか?』
『そうだ。私は是非とも、人間の世界に行きたいのだ』
エルランはリュシオンから事情を聞くと、少し考えてからこう言いました。
『…大体のことは解りました。そこまで人間の世界に行ってみたいというのなら、人間の姿になる方法を教えましょう』
『本当か?』
『はい。ただし、完全な方法ではありませんよ。あなたが人間の姿でいられるのは、朝日が昇ってから夜沈むまでの間…その間だけです。日が沈んでから翌朝また日が昇るまでの間は、鷺の姿に戻ってしまいます。それでも構いませんか?』
『それでも構わない』
『そうですか。しかし…決して、人間達に自分の正体を知られないようにしてくださいね。あなた自身の安全の為にも、里の為にも』
リュシオンは頷くと、エルランが寄越した謎の薬草をぱくりと噛みました。
オリウイ草は食べて消費するものなのかしらん。
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by 非公開 2016.08.09 01:02 Edit